何だか社会派風になってますね。昨日のコメントを読んで、ふっと、考えてみようと思ったんですが、あんまり時間はないです(笑)。明日も、取材とインタビュー収録と、原稿が二本というスケジュールです。これは日常とは言えないな、どっちかと言うと、かなり非日常的なスケジュールです。
年金は、僕らにはないです。まあ、国民年金はありますけど、金額は焼け石に水、雀の涙程度のようですから全く当てになりません。厚生年金はなしですね。会社に行ってないわけですから。
問題は、年を取ると言うことを国がどう考えているかだと思います。ずっと生きてきた人たちの一生をどう受け止めるか。税金だけ取って、その人が年を取って、使い物にならなくなった時に、何の援助もせずに使い捨てするのか、ということじゃないでしょうか。
年金制度をどうするか、という前に、国が国民をどう見ているかというのが年金問題の根幹なんだと思います。国というのは何のためにあるのか、というのは、靖国問題として語られるのではなく、年金問題で語られるテーマだと思ってます。
こんなに老後が悲観的なのは、ヨーロッパではないですよね。60才以上で働いている人口はドイツなんかの何倍という数字を見たことがあります。一桁違うという感じでしたよ。そのデータを厚生労働省は、年を取っても働くのが日本の文化だと居直ってましたけどね。
だって、なけなしの貯金の利息で細々と暮らそうと思っていたお年寄りも、金利ゼロでそれもかなわなくなっているわけですよね。うちの義父もそうでした。元銀行マンで、そういう計算は出来ていたのに、全く狂ったとぼやきつつ亡くなりました。
老後に希望を持てるような国にすることの方が、先決だと思うのですが。それが若者にも反映されますよね。年寄りが希望を持てないということは若者にも未来はないということでしょうから。違うかな。年寄りがいなくなることが希望なのかな。団塊の世代はそう思われているのかもしれませんね。
来年の大学生の求人率が上がっているんですってね。それは団塊がいなくなるからでしょう。だとしたら、団塊が消えることが若者の未来ということになるじゃないですか、話しが違うところに行ってしまいました。さっさと消えましょうね(笑)。
そんなわけで、今日も早じまいです。土曜日は「J-POPマガジン」の後に、福岡でかぐや姫の故郷ライブですし。そのためにも明日、頑張らないと。サラリーマンの方もそうでない方も、皆さん、頑張りましょう!今日、最後の曲、スキマスイッチはどうでしょう。「全力少年」。全力おじさん、ということで。じゃ、お休みなさい!
大げさなタイトルです。何を書こうかなと思った時は、まず思いついたタイトルを書いてしまって、そこから考えるという典型的な例です。書いてから、さあ、どうしようという、まあ、いつものパターンではあります。
周りに夏ばての人が多いんですよ。体調だけでなく自律神経をやられてしまったり、疲労が原因で、色んなところに飛び火しているようです。幸い、僕はまだ元気ですが。まだ、と思わず書いてしまいましたけど。そのうちにやられるかもしれませんね(笑)。
日常というのは、昨日のコメントの中にあった言葉なんですが、ふっと、俺の日常って何だろう、と思ったりしたせいでもあります。きっと、普通の人の日常じゃないんだろうなと思うんですよ。朝起きて会社に行って、時間が来たら、家に帰るというサイクルはありません。
昼間家にいることも多いし、夕方出て行くこともあります。駅まで歩くと17,8分あるんで、急いでいるとついタクシーを呼んでしまいます。いうだったか、カミサンがタクシーを呼んで、乗ったときに、運転手さんが「この間だ、旦那さん、パチンコに行くときに乗せましたよ」と言われて、目が点になったそうです。
目が点、目が本、メガホン。甲子園。何のこっちゃ(笑)。僕はパチンコをやったりしませんから、彼女は、間違いだろうと思ったらしいんですが、運転手さんにとっては、夕方、旦那さんが、手ぶらで出かけるというのはパチンコしかないと思いこんでいたということなんですよ。
これもそれぞれの日常の違いですね。若い頃は、よく水商売と間違われましたよ。明け方にタクシーに乗ると、「お店の調子、どうですか」とか、聞かれました。「いや、まあまあっすよ」とか適当に答えたりしてましたが。やっぱり普通のサラリーマンには見えなかったんでしょう。もちろん、今はもっと見えないでしょうけどね(笑)。
ただ、生活はあるんですよ。それはサラリーマンよりもあるかもしれない。ゴミを捨てることもありますし、掃除もします。もちろん洗濯もね。でも、普通の生活というのはそういうことは指さないんでしょうね。会社に行ってる人にとっては、そんな日常はないですからね。
仕事の基準も違うわけですよ。会社員の人は、社内の評価が第一で、人間関係もすべて会社が基準ですよね。上司にどう好かれるか、どうよく見られるか、そのために外の人間関係は、二の次になってゆく。そういう人をサラリーマン的、というんだと思います。
だから大変なんでしょうね。相手も人間ですから、好き嫌いもあるでしょうし。会社の中で顔をつきあわせていて逃げるわけにも行かないし。そういう点、僕らは楽ですけどね。嫌だと思ったら、仕事しなければ言いわけですから。その分、年金もないわけですけどね。普通の人の非日常が僕の日常ということなんでしょうか。
団塊の世代の今後、というテーマが色々議論されていますが、やっぱり、その対象はサラリーマンなんですよね。年金生活者。年金で海外生活、とか言われると、うらやましいと思うんですけど、無縁ということになるわけです。やってみたいですけど。
世代より個人。結局そういうことなんですよね。それが身に染みているというのかな。一人でやって行くしかない。そういうことを背負い込んだ日常ということになりますか。でも、やっているのはCDを聞いて、ライブを見て、取材をして、原稿と書いて、しゃべっている。それだけですね。まあ、すでに”老後”、ということでしょうか。
淡々と暮らしたいな、と思うことはあります。でも、動いていないと、何も生まれない環境でもあります。これからどうなるんでしょうね。何だか頼りない結論になってしまいました。”こんな頼りない世の中さ”と来れば、曲は「ひらひら」しかありません。拓郎さんです。
”見出し人間の群れが押し合いへしあい”。あの歌は、30年以上前ですが、世の中中がそうなってますよね。見出し総理ですからね。じゃ、お休みなさい。
こういう字で良いんでしょうか。テンパル。麻雀用語ですよね。後、一手で上がれるという張り詰めた状態。それがいつのまにか、ぎりぎりで張り詰めた状態という意味に汎用されるようになった日常慣用句です。と、国語辞典みたいですね(笑)。
でも、そうなんですよ。まあ、少し前に書いた綱渡り状態ですけど。とか言いながら甲子園を見てたりするんで、あんまり説得力はないですが(笑)。勝手にそうなってると思いこんでいるということかもしれません。でも、緊張感がないよりも良いですよね、とあくまでも前向きな解釈ですけど(笑)。
この前向きな解釈というのは結構、大切なんですよ。一つ間違えると、ぷっつりと来てしまうかもしれませんし。都合の良い解釈こそ、明日を助ける、と、説教じみてますね。でも、そういう状態です。
何が、どんな風に点張るっているかは言えませんけど、つま恋が近づいていることは間違いないですよ。コンサートブックとか、当然のことながら締め切りがあるわけで。後、一ヶ月なんですからねえ。普通の本だって、もう締め切りぎりぎりですよ。と知っていながら、この怠慢、大丈夫でしょうか。
ということで、早いですが、今日はこれでおしまいです。ひょっとして、こういう日が増えるかもしれません。そんなわけで曲は流れてきません。じゃ。まだお休みというわけには行かなそうですけど。
明日は見れません、とか言っておきながら、結局、スタジオのテレビで見てしまいました。しかも夜のスポーツニュースや熱闘甲子園まで、仕事しなさい、という感じですが(笑)。でも、熱闘甲子園を見て泣きそうになったのは生まれて初めてかな。
時間が経ってからの方がじんわり来るのかもしれませんね。そういう感動の方が、後に残るとも言えます。万歳三唱、みたいなものの方が冷めやすいというか。人に音頭を取られてする万歳もお仕着せということなんでしょう。あの試合のように、自然に引き込まれてしまった結果という方が、奥が深いのかもしれません。
でも、漫画みたいでしたよね。劇画のよう。「男ドアホウ甲子園」とか「野球狂の詩」とか、「明日のジョー」の高校野球版みたいな気がしました。こんなに画に描いたようなストーリーがあるのか、”事実は小説より奇なり”(って何でしたっけ)。ありましたよね。NHKで。あ、「私の秘密」かな、違うかな。忘れました。でも、古いな(笑)。
「明日のジョー」は、ジョーと力石がともに少年院出でしたから、斉藤君と田中君とは違いますけど、ヒーローが二人いるという点では似てました。がっぷり四つの対決という構図もね。田中君がどっちかと言うとヒール役、悪役風でしょうか。
早実は、今、国分寺なんですね。中央線沿線仲間でいっそうの好感でしたけどね。でも、みんな育ちの良さそうな顔してましたね。勉強も出来そうというか。もてそうな子ばっかりでした。今はサッカー部の方がもてるそうですけど、これで少しは盛り返すかな。
僕も、落ちこぼれでしたけど、高校の時に野球部にいたんですよ。二年で辞めてしまったんで、全然偉そうなことも言えませんけど。、僕らの時は、東京大会の5回戦まで行きました。僕が辞めてからですけど(涙)。公立高校では強かったんですね。でも、ほんのちょっとの間だでしたけど、あの夏の練習の空気は覚えてますね。夏の雲と太陽の光とグランドの匂い。くすぐられるものがあります。
と、日本中で、一度でも野球部にいたことのある人間はきっと同じような話しをしてるんでしょう。これが高校野球人気の根本でしょうね。斉藤君のお父さんも団塊の世代でしたね。団塊ジュニアに高校球児は多いんじゃないでしょうか。
三沢商業のあの太田幸司さんが、昔は肩を冷やしちゃいけないと、熱いタオルを巻いていたという記事がありました。今はすぐに冷却ですよ。斉藤君の使った酸素吸入器がベッカムが使っていたものと同じだという記事もありましたね。同じ高校野球でも進歩しているんだなと実感しました。でも、あの土の匂いは変わらないんでしょうね。ノックを受けてグランドにはいつくばった時の感触は変わりないんじゃないでしょうか。
というわけで、今日最後の曲です。バンプ・オブ・チキンにこんな野球の歌がありました。「ノーヒットノーラン」。じゃ、夢の中で白球を追いましょう。お休みなさい。
とまあ、こんな話しを書くつもりじゃなかったんですよ、といきなり言い訳するなという感じですが(笑)。高校野球、すごかったなあと思いながら、トミーと散歩をしていて、pcを開けたとたん、ふっと頭をよぎったのがこの言葉だったんですよ。こんないい加減なブログってありかな(笑)。
猫またぎって、僕も詳しいことは知らないんですけど、魚好きのことですよね。その人が食べた後の魚は猫もまたいで通るということだったと思いますけど、違うかな。つまり、身も骨もすっかり食べ尽くしてしまうわけです。猫マタンキというと、全然意味が変わりそうですけど。
マタンキって誰が言い出したんだろう。かまやつさんかな、堺正章かな。まあ、芸能界特有の反対語なんでしょうけどね。最近は使わないですけど、お金のことを”ネーカ”とか、”女”のことを”ナオン”とかね。昔は、やくざな芸能界を象徴するようなスラングとされてましたけど。つまり、何のことかおわかりですよね。こんな話しになるのか(笑)。
ウチには3匹の猫がいるんですけど、みんな魚の好みが違うんですよ。親猫の美也子婆さんは、白身、光り物好きで、姉の出たがりトミーは、マグロ、カツオの赤身系、弟のデブ猫ジミーは、焼き魚しか食べないという妙な嗜好です。
何でああなったのかな。猫は生まれて何ヶ月かの間に食べ物の嗜好が決まるんだそうですね。何ヶ月かは忘れましたけど。その頃におせんべをあげたりすると、成猫になってもおせんべを好物になったりするそうです。でも、ウチの3匹の嗜好はそういうんじゃなさそうですね。
でも、猫はお互い我関せずなところが面白いですよね。今も、トミーは外に出たきりですけど、他の二匹は知らんぷりですから。美也子も気が向くと出ますが、今日は、「ふん」という感じで寝そべってます。今日は暑いからな。温度差にも敏感ですよね。
トミーは帰ってこないですねえ。最近は、出るときは一緒に出ようと騒ぐくせに、一旦出てしまうと「勝手に帰れば」なんですよ。もう1時間は経ってます。これを書いたら、様子を見に行って、また追いかけっこをしてシャワーに入ろうと思ってますが。
湯船は暑いですよね。僕は、微温湯の半身浴派なんですけど、この間だ、入りすぎて、湯あたりぽっくなってから控えてます。週刊誌を読んじゃったりするんですよ。お風呂の中で聞けるCDプレイヤーというのもあるんですけど、それは禁物ですね。時間が全く分からなくなって、完璧にのぼせます。家で湯あたりは、漫画ですよね。湯あたり時子さん、分かりませんよね。作詞家岩谷時子さんでありますが。今、毎日新聞毎週木曜日夕刊で連載してます。
さ、馬鹿トミーの様子を見てきましょうか。高校野球の話しは、時間切れですね。でも、あちこちでみんなが話題にしてるから、いいか。とは言っても、最後の方だけ見て仕事しようと思ったら、最後まで釘付けでした。感動的でしたね。僕は東京の人間ですから、早実ですけどね。でも、東京のお坊ちゃんたち対地方の野球エリートという構図も絶妙です。
明日は見られません。残念ですが。ということで今日、最後の曲。何だろうなあ。猫またぎの歌。そんな曲ないか、マタンキの歌。もっとないね(笑)。あ、「タンタンタヌキ」があるか。でも、最後の曲としてはふさわしくないね(笑)。加山雄三さんに「海・その愛」という歌があります。壮大な良い曲ですよ。作詞は岩谷時子さんです。じゃ、お休みなさい。明日から月曜、一週間、良いことがありますように。