忙しい一日でした。打ち合わせ、出演、ミーテイング、そしてライブ。付け加えればおまけに散歩。こんな時間になってしまいました。この10年くらい、ライブ、インタビュー、収録、原稿という以外の仕事の場面はあんまりなかったんで、新鮮でもあり、反対にいつ原稿書くんだといういう緊張感もあります。でも、つま恋はいろいろ動き出してますね。
出演(というほど大げさではないですけど)は、こうせつさんの番組「週末はログハウスで」でした。野外イベントとつま恋というテーマ。楽しい時間でした。だって、あの人は「サマーピクニック」を10年やった人ですし、野外イベントとは何かは知りぬいている人でもあります。こちらがインタビューしたいくらいでした(笑)。
ライブは陽水さんでした。3月29日の青森でスタートしたツアーの最終日でした。国際フォーラムです。先週HYを見たばかりですが、全然違う雰囲気のコンサートでした。当たり前ですけどね。客席は大人ばかりでしたし。
前半は弾き語りで後半はバンド。名うてのミュージシャンばかりです。キーボードは浜田省吾氏でおなじみの小島良喜氏でした。あの人のアドリブ風なブギウギやブルースは絶品です。おまけにドラムが山木秀夫さん。堪能しましたね。弾き語りはしっとりと名曲集で、バンドはロックセッション風。その対比も見事でした。
でも、曲が古くない!「感謝知らずの女」は新曲かと思いましたよ。「氷の世界」にしろ「夢の中へ」にしろ、今の歌と言って誤解されないでしょう。時代を超えてます。青森の初日とはさすがにこなれ方も違ってました。新しいアルバムも出たばかりですしね。新曲の多い陽水さんというのも久々でしょう。
という一日だったわけですが。あのニュースですよ。嫌だなあ。ミサイル。テポドン。なんだか急に張り切っている人たちもいるように見えるのは気のせいでしょうか。勇ましがるのは嫌いです。で、思い出したんですよ、グレンミラーを。
知ってますか、グレンミラーというジャズミュージシャンを。「ムーンライトセレナーデ」という名曲があります。「茶色の小瓶」とかね。ブラスバンドでは必ずやる曲じゃないでしょうか。昔、あの人の生涯を描いた「グランミラー物語」という映画がありました。その中のシーンを思い出したんですよ。
彼は第二次世界大戦の時に、飛行機事故でなくなってるんですが、ヨーロッパで慰問演奏中に彼のオーケストラが爆撃を受けるシーンがありました。爆撃だったかな、ナチスの新型ロケットだったかな。ともかく演奏中にそれが飛んでくるんですよ。細かいことは忘れてしまいましたが、曲は「イン・ザ・ムード」じゃなかったかな。
演奏中に爆弾が破裂したりするわけです。でも、オーケストラは、その都度、頭を引っ込めるくらいで演奏を止めないんですね。ひとしきりそんな時間が過ぎて、それでも演奏し続けたオーケストラが、最後にひとしきり高らかに演奏して終わるというシーンでした。感動的だったんですよ。僕は演奏する人間じゃないですけど、そういう場にいたいな、とその映画を見て思ったんですよ、10代の頃に。
そう言えば、浜田さんの(さんですよ、こういう時は)ツアーで、似たような場面がありました。「ON THE ROAD90」でした。NHKホールで彼がライブをやる日に、屋上に中核派の発射した手製爆弾が着弾したんですよね。リハーサル前でしたけど。理由は何だったかな。終戦記念日が近かったのかな。当然、誤射でしたが。
その時にも「グレンミラー物語」を思い出したんですね。その話は「オン・ザ・ロード・アゲイン」という本に書きましたが(あの本も、今は手に入らないんですってね)。例え、自分がいるホールの天井に爆弾が落ちても、僕はコンサート会場にいたいなと、その時に思いました。今日もそんな感じでした。美空ひばりの「お祭りマンボ」風に言えば(ものすごく古い!)、雨が降ろうが槍が降ろうが、という感じでしょうか。まあ、槍とミサイルじゃ、先っぽが尖ってる以外は何の共通点もないですけどね。
話が長くなってます。とっくに延長戦時間です。でも、こんなタイトルで書き始めてしまったのが間違いだったかもしれません。それより原稿書けよ、という叱責の声が聞こえてきそうです(苦笑)。今日最後の曲、やっぱり「夢の中へ」かな。どんなに長い射程距離のミサイルでも夢の中にまで飛ばすことは不可能ですからね。
散歩から戻りました。気持ちの良い夜ですね。暑くもなくそんなに湿っぽくもなく、猫もご機嫌そうでした。出かけたのは今日も「出たがりトミー」だけです。美也子はこの間の「毛玉騒動」以来元気がなくて一日中横になってます。今年の夏が越せるかなあと心配です。
散歩と言っても、彼女(雌なんで)が勝手に決めている近所のエリアをぐるっと回るだけなんですけどね。そう、顔はのらくろみたいで、笑うセールスマンにも似てるんですけど(ものすごいブスじゃん、かわいそうに)。気になるところをチェックして、胸焼け防止に草を食べて帰ってくるんですけど、そこを自転車の二人乗りが通ったんですよ。
自転車は結構来ますね。まあこんな時間ですから、歩いて帰る人は、それなりに緊張感を持ってます。街灯の下でぼーっと立っている男がいれば、避けて通るのも当然でしょうけど、自転車の人は違います。鼻歌を歌ってたり、ブツブツ言ってたり、猛烈に飛ばしている人もいます。
でも、二人乗りは少ないですね。こうやって散歩をしていて初めてかもしれない。最近はお巡りさんも自転車関係は厳しいみたいで、呼び止められたりするんでしょう。遠くの角からキャッキャッと華やいだ笑い声つきで通ったんですよ。
それが何とも良かったわけっす。あ、青春じゃん、みたいな感じかな。二人乗りかあ、と思って、つい猫の背中にまたがってみたりはしませんでしたけど(アホか)。そういえば最後に二人乗りをしたのはいつだったかなあと、暗がりの街灯の下で考えてしまった次第です。
覚えてますか?最後の二人乗り。いつ以来ないかなあ。今でもしょっちゅうという人もいるかもしれませんが、それはきっと仲の良い証拠でしょう。二人でドライブというより何となく親密感を感じたりしませんか。若い女の子をベンツの助手席に乗せたりというのは業界じゃ珍しくも何ともないでしょうけど、若い女の子を自転車の後ろの乗せて夜の住宅街を走るというのは相当レアでしょう。そっちの方が色っぽいと思うのはへそ曲がりかな。ベンツの助手席じゃ当たり前だと思いませんか。
自転車自体はおじさんたちの間で人気なんですってね。デパートにも自転車売り場ありますしね。清志郎さんみたいにどこに行くにも自転車という人も居ます。彼が自転車を始めたきっかけは、テレビで山形の80才のおじいさんが、雪で遭難した孫かな、息子かなを救出したということだったそうですね。俺にそんな体力があるだろうかと一念発起して始めたのが自転車だったそうです。
孫を救えるか、息子を助けられるか。それが動機だったというのは、すごいですね。女の子にもてたいからバンドを始めましたというのとは相当違います(笑)。まあ、自転車に乗ったからと言って女の子にもてるわけはないですから、その因果関係は意味がなさそうですけど。ただ、おじさんたちに人気があるということとは関係がありそうです。
でも、そこに二人乗りはないですよね。清志郎さんが二人乗りをしてコンサート会場にやってきたという話も聞きませんし。おじさんおばさんの二人乗りというのも見ませんね。そうか、それは片方が太りすぎていて、はなっから物理的な無理があるということか。シニア用二人乗り健康自転車とか出来ないかな。健康はだめか。シニア用ラブラブ自転車。売れそうにないか。
だってスポーツジムの自転車とか、妙にストイックですよね。楽しそうに乗れば良いのにね。二人乗りで苦しそうな絵はあんまり見ませんよね。後ろの女の子の体重が重すぎて苦しそうな男の子はいますけど。
思い出した(そうなんですよ、こうやって書いていて妙なことを思い出すことが多いです。それを楽しんでたりするんですけどね)。自転車でとっても良い思い出がある。20年くらい前にハワイで自転車に乗りましたね。女の子と。二人乗りじゃなかったですけど、いつも彼女の後ろを走ってました。何でか分かりますよね、男性諸君。自転車の短パンの後ろ姿が良かったんですね。その人とどうなったかは、ご想像に任せます(笑)。
胸の痛いことも思い出しました。子育てをしている時でしたね(そういう時期があったんですよ。いわゆるクレーマー時代が)。後ろに子供を乗せて走っていて、彼が、立ち上がってはしゃいでいた時に、公園の木の枝の下をくぐったんですよ。そうしたら、その枝が子供の身体に当たって自転車から落ちてしまったことがありました。当たり所が悪ければ、大変だったでしょうね。
自転車、乗ってますか。もし、小さいお子さんがおいででしたら、二人乗りは経験しておいた方が良いですよ、もちろん、若い彼女がいる方もね。「それよりベンツにしてね」と言われるかもしれませんけどね(笑)。さあ、今日最後の曲は何だろう。やっぱり、RCかな。「僕の自転車のうしろに乗りなよ」でしょうね。夢の中で二人乗りでもしましょう。相手は誰だろう。笑うセールスマンだったりして。何か売りつけられそうですね(苦笑)。じゃ、おやすみなさい。
昨日は失礼しました。この間あげた理由で言うと、全くもって(1)でした。HYの国際フォーラムに行ったんですが、終演が10時少し前で、その後に楽屋挨拶があって会場を出たのが11時近く、それから有楽町界隈でB・PASSの編集長たちと食事、終電で戻って、それから短い原稿を一本という状態でした。
HYのコンサートは47都道府県ツアーの46本目。後は沖縄だけという事実上のファイナル。正味3時間45分でした。業界の人には長かったでしょうけど、ファンは大満足だったんじゃないでしょうか。ともかく、前回のツアーからそうなんですが、彼らのコンサートは、客席にいる全員の名前がスクリーンに出るんですよ。前回見て、びっくりして感動したんですが、今回もそれを踏襲してました。
それが万事で、彼らのコンサートの良さは、ほんとにお客を大切にしていることでしょうね。ツアータイトルの”ワッターシンカー06・ムールイインチュ”というのは僕らの仲間、みんないい人”というのだそうです。だって、国際フォーラムは5000人を超す収容なわけで、その人たちが入り口で書いた一枚15名程度の名前がかかれたシートが一枚づつ映し出されるんですから、みんな感激でしょう。あんな共有感のコンサートはなかったんじゃないでしょうか。
それは長くなりますよね。初日の千葉を見に行っていたんですが、あちらは2000人、昨日は5000人ですから、単純計算で、それだけで倍の時間がかかります。でも、彼らは、最後の名前シートが出るまでメンバーが自分たちでめくっているんですよ。途中で誰かのくしゃみが聞こえたのはほほえましかったですが(笑)。そんなわけで終電でしたし、小一時間原稿を書いたら、もうヘロヘロだったという次第です。
で、今日書こうと思ったのは、HYのことだけじゃなくて、さっきのニュースでやっていた二つの出来事なんですよ。一つは、どこだっけな、19才の女の子が自宅を放火して親を死なせてしまったというニュースです。もう一つは奈良県の警察が「補導」を条例化したというニュースでした。
条例化という言葉を使ってたかな。それは明日の新聞かニュースで確認してください。つまり、それまでは、法的な根拠のなかった”補導”が、正式なものになったというんですよ。「補導」の対象になっているという項目が30(だったかな)もあって、それを見て愕然としてしまいました。
飲酒喫煙はもちろん、11時以降の徘徊とか、粗暴な行為であるとか、抽象的かつ事細かな項目が並んでました。普通の高校生なら誰でも経験してそうなことばっかりです。ほとんどの高校生が補導対象ということになってしまうんではないでしょうか。
そうかあ、と思ったんですよ。自宅を放火してしまったりという10代の追い詰められ方というのはそういうことと無関係ではないのかなあと思ったりしました。外でがんじがらめになっていて、感情を発散させる場所が自分の家であり、親に向かうしかないのかなと。その放火した女の子も近所では「挨拶もよくする普通の良い子」だったんだそうです。外では仮面をかぶることで生きていたのかもしれません。
30年以上前に「時計仕掛けのオレンジ」という映画を見ました。反抗的な若者を強制的にロボトミーにしてしまうという映画だったように記憶してます。今、そういう社会になりつつあるのかなと思ったりしてます。ピンクフロイドの「ウオール」という映画もそうでしたね。喜怒哀楽を失った仮面のような無表情の子供たちの行進が不気味でした。
HYのコンサートは10代が中心でした。みんなはつらつとして楽しそうでしたよ。輝いてました。HYだけに限らず、コンサート会場にいる人たちはみんな良い顔をしてます。コンサート会場がみんなのシェルターになれば良いなと思います。
今年はビートルズ来日40周年です。先週、武道館で見たDefTechも「40年前にビートルズが立ったステージ」と感激してました。今日3日は彼らが帰国した日でもあります。知ってますか。ビートルズの来日で、武道館周辺にいた少年少女が6520人も”補導”されたのを。警視庁発表の数字です。
奈良県の警察が出した「補導」の対象に”コンサートを見に行った者”という項目まではなかった気がしますが、口実はいくらでもついてしまいそうにも思います。だって昨日、HYのコンサート見てから帰った子は確実に11時は回ってしまったでしょうからね。世の中は良くなっているんでしょうか..。
HYのライブについて書こうとしたんですが、なんだか、重ーい気持ちになってしまいました。あーあ。
まあ、昨日のタイトルが「昨日の放送」だったんで、「今日の放送」にしてみたわけですが。折角「この頃の日本」シリーズなどと思ったんですが、開けてみないと何を書くか分からないという前のスタイルに戻ってます。そういう場なんでしょうかね。
今日はBZのインタビューの後篇でした。でも、面白かったです。あのインタビューは誰にせよ、毎回45分くらいやっているわけで、放送に使っているのは三分の二程度なんですよ。その分、デイレクターの今野さんの手間が増えるわけで、それを編集してコンパクトにまとめてくれてます。
今日は、編集が良かったということもあるんでしょうね。BZの思いがけない側面が良く出ていた気がします。彼らが水面下で行っているトライがどのくらい多いかということを自分で話してくれたのは、発見でした。「パブリックに出す物」といういい方をしてましたけど、そこに至る過程にどのくらいの努力が払われているか。そうではないとあれだけ長く人を引きつける物は出来ないでしょう。
洋楽に寄りすぎないというバランス感覚。それが逆に洋楽ファンからキツイ目で見られていることにもなるんでしょうけど、J-POPのグループなんだなと再確認した次第です。リスナーのメールに「出せば一位が当たり前と思ってましたが」という感想が来てましたが、作る側が「何をやっても売れる」と思ったら、そこでその人たちは終わります。とことんトライして納得したものを世に送り出す。それで駄目だったらしょうがない。彼らにはそんな潔さがある気がしました。
今週のチャートで気になった曲としてかけたのはPIERROでした。解散なんですよね。勿体ないなあという感じです。と言って、そんなに関わってきたわけではなくて、ちゃんとしたインタビューも一回しかありません。「クレアシオン」というムック形式のビジュアル誌でメンバー全員のロングインタビューをやりました。その後は機会がなくて、それきりになってるんですが、その時の印象は強烈でした。近未来的破滅の美学というのかな。ビジュアル系に多く見られた背徳志向を論理的にしたような構築感は独特でした。
でも、バンドは難しいですよね。先日の新聞でハウンドドッグのメンバーが全員抜けて、大友康平が一人でやってゆくという記事を見ました。うーん、という感じです。俺がバンドだ、という自負と、現実の落差というんでしょうか。やっぱり何か見えなくなっている気がするんですよ。彼がそのことを知らないとは思えないのですが、端からは伺えない事情があるんだろうなと思います。
昨日はビートルズ来日公演から40年。武道館でDefTechを見ました。彼らも「40年前、青焦がれのビートルズがここでやった」と叫んでましたけど、40年間で、日本の音楽事情も変わったなあと実感してしまいました。と言って、武道館のビートルズを見たということではないですけどね。だってあのコンサートのチケットは一般販売はなくて、全部申し込みだったんですよ。そういうところに一人何十枚も葉書を書いたりするのは、今も昔も10代の女の子に負けます。男であのコンサートを見てるのはすでに業界に入っていた人が殆どじゃないでしょうか。
時代は変わる。THE TIME THEY ARE CHANGING。この先40年、どんな風に変わって行くのでしょう。まあ、その時には、もういないでしょうけどね(苦笑)。
というわけで、まだ千葉にいます。さすがに朝5時に終わって家に帰ると7時になってしまいますし、それだと完徹に近くなりかなりダメージも来るんで、千葉の駅近辺に泊まってしまうんですが、3時間半しゃべってると興奮状態になるんでしょうね、なかなか寝付けません。ウトウトしただけという感じでした。
でも、朝の匂いが変わってましたね。去年の10月からなんですが、まだ真っ暗でしたけど、今朝は、梅雨の湿気がグアムとか沖縄の空気みたいで、亜熱帯の匂いがして気持ちよかったです。思わず深呼吸してしまいました。
楽しかったですよ。もう個人的趣味番組を一直線。いきなりのオープニングは「タクシードライバー」ですから。意表をついてみました。いきなり弾き語りですから、FM番組の始まりとしては異例だったんじゃないでしょうか。
3時間半ですが、間に決まりのコーナーもあるんで正味3時間かな。それでも足りませんでしたよ。先日出た「元気ですか」と一昨年の「今のきもち」を中心にしていったんですが、かけたかった曲がかなり残りました。リクエストも多かったですしね。
最後の曲は「ファイト!」、その前が「歌姫」、その前が「狼になりたい」。この3曲の順番だけはこだわりました。夜明けに流す「狼になりたい」。その後に「歌姫」、そして最後は「ファイト!」。泣ける曲ばかりなんですが、涙の種類が違うんですよね。個人的なベスト3でもあります。
「元気ですか」「怜子」「友情」という3曲の並びも意図的でした。三角関係の複雑な心模様と、俯瞰した友情論。でも、意図的だったのはそのくらいかな。「時代」と「転生」を並べたのもそうか。でも、そんなに考えなくてもヒット曲がいっぱいありますからね。
みゆきさんの曲は暗いという印象もありますが、最近はそういう方が少ないですよね。少なくとも普通の音楽番組では出来ないことが出来たかなとは思ってます。
今から明日の「J-POPマガジン」の構成(と言っても大したことはやってないですけど)をして、Def Techの武道館です。夜はそのまま寝てしまうと思います。じゃ、明日。