自分の話です。小田さんの78歳の誕生日はもう少し先ですね。昨日、行ってきました。まだツアーが残ってるので、内容には触れませんけど、いいライブでした。どんな風にいいかというと、今の自然体というんでしょうか。
年齢を受け入れる。若い頃のようにはいかなくて当たり前の年齢の歌をどう歌うか。自分が伝えたいことはどういうことなのか。弱さも脆さも承知の上でそれを隠さない。といって頑張って見せようともしない。それが返って歌の強さを感じさせる。
今まで見てきたコンサートとはかなり違う質に思えました。というようなことはファンクラブの会報紙に書くことになると思うので控えすが。僕も明日、79歳になりますし。どういう老い方をするんだろうというのは自分の問題でもあります。
新しい音楽を追いかけようとか、時代の今を見ていよう、みたいな気負いは去年あたりからかなり薄れてきましたし。自分の出来ることをどこまでやりきるか、やり残したことを少なくしていこうとか。そういう感じになってますからね。
それを受け入れた時に違う空が広がるようにも思えますし。自分の方から何かを辞めるとかじゃなくて、そうなったら考えるという自然な流れにまかせたい。小田さんもそういう心境なのかなあと思ったりしました。
どう考えても10年後もこういう仕事をしてられるとは思えません。いつかその日は来るわけですから、とか書きながら、辛気臭いなあと思ってます(笑)。そういうことも含めて楽しいコンサートでした。
でも、何よりもお客さんがそういう表情をされてるからでしょうね。しっかりと手を繋ぎ合ってる。そういうステージと客席の関係は素敵だなと改めて思いました。で、話変わって(笑)。新幹線、豪雨で立ち往生。1時間以上遅れました。
電車の中でやろうと喫茶店でやろうと変わりはないですが、気持ちのいいものじゃないですね。明日は土曜日のNACK5の「J-POP TALKIN’」の台本。毎日やることがある。それだけでありがたいと思わないと。
というわけで、曲ですね。小田さん、このツアーに向けた77歳の新曲「すべて去りがたき日々」を。そんな気分で70代最後の年を迎えようと思います。じゃ、お休みなさい。
9月20日の「日本ライブ伝説・特別編」のフライヤーが出来ました。で、どんな内容にするか考え始めてます。あの本の中に出て来る曲をレーザーターンテーブルで聴いて行こうという趣旨。自分じゃ画期的な企画だと思ってるのですが、問題は選曲ですよ。
本を読み直して、どの曲がその頃を象徴しているかとか、自分の中の思いれだとか、改めて聴きたい曲だとか。ともかく色々あるんです。しかも書いたのが40年近く前ですから、かなり忘れてる。こんなことを書いてたのかとか、ここまで書いたのかとか、あの時を思い出しながら読み直しました。
あの本は僕の二冊目。と言っても一冊目が「33回転の愛のかたち~あなたはユーミン、それともみゆき」という本でしたからね。一人のアーテイストと真正面から取り組んだのは初めてで、自分の人生を賭ける、みたいな気持ちでした。その思い入れが蘇ってきました。
このレーザーターンテーブルの「聴き語りLive」は、ラジオ番組と決定的に違うことが二つあるんです。一つは「音」ですね。スタジオ盤でもレコーデイングスタジオにいるみたいな感覚になる。音楽を体感できる。当時の曲やアルバムが、どんな風に蘇るんだろうと思うとぞくぞくします。
それと自分の話が出来る。ラジオ番組は曲やアーテイストのことを伝えるというのが第一目的ですけど、このイベントは自分の話も自由に話せる。本に書けなかったあの頃の自分のことも話せる。それだけに余計選曲に迷うわけです。本に出て来る曲をざっとあげたら100曲はくだらない。
これから詰めて「架空ライブ」の形にしていきます。と言っても明日と明後日、大阪で小田さんを見ます。色々合間を縫って進めていきます。会場も「アナログ天国」の数倍の規模ですし、PAもコンサート会場と同じです。楽しみにしていてくださいね。宜しくお願いします。というわけで曲ですね。本のタイトルですからね、これは流れるでしょう。「陽のあたる場所」を。じゃ、お休みなさい。
知ったのは一昨日の夜ですね。SNSで知りました。浅川マキさんやリリイ、下田逸郎さん、桑名正博さんらを世に送り出した伝説のプロデユーサー。1938年生れ。87歳。晩年は画家として個展をやったり、不屈の、という感じがしてました。
僕らより一世代上。彼は東京の月島生まれで東京大空襲を記憶している。生まれも8月6日。疎開先の島根で広島の原爆投下も間接的に経験している。一昨年かな。久米川というところのライブ喫茶で「戦争を語る」というトークイベントを聴きに行ったことがありました。
江戸っ子の気風の良さを持ち合わせたさっぱりした気性。話し出すと止まらないブルトーザーみたいな熱弁の説得力。自分の思うことははっきり言う裏表のなさ。こういう年の取り方をしたいなと思える数少ない人でした。
でも、彼が一番行動的だった70年代、80年代には雲の上とは言いませんけど、取材の現場に来るような人じゃなかったですからね。かっこいい人だなあと見ている感じで、話すようになったのはほんとにこの10数年でした。
そういう人と話す機会がほしい、そういう時代を作った実績がありながらあまり表に出てこない人のことを残したいというのがFM COCOLOの「J-POP LEGEND FORUM」を始めた大きな理由でしたからね。あの番組で何度も来て頂きました。
自分がほれ込んだ才能にはとことん付き合う。浅川マキさんがその最たる例。なくなってからも彼女のことを語り継ぎ関連した作品を作り続け、新しい聴き手を獲得してきた。マキさんもリリイも海外で新しい評価を得たのは一重に彼の功績でしょう。
これから誰が浅川マキさんのことを語るんだろうと思ったりします。こういう不安的に危うく閉塞している重苦しい時代だからこそ必要なアーテイストでしょうからね。それにしても、僕より八つも上なのになくなると思えない人でした。
この人はずっとこうして精力的に生きていかれるんだろうなと思ってしまう。そんなことありえないですね。やっぱりいつかはそういう日が来る。そのことを淡々と受け止めるしかない。そんな知らせになりました。
今年の夏は異常な暑さでしたからね。何とか持ちこたえていた人が力尽きる。そんな訃報が増えそうです。また一人、あんな風に歩いていきたいと思わせる姿が見えなくなりました。合掌です。曲ですね。浅川マキさん「それはスポットライトじゃない」を。じゃ、お休みなさい。
6月に発売になった甲斐バンドの何と16年ぶりのオリジナルアルバム。出てからもう二カ月以上経ってるので何を今頃、という感じでしょうが、色々あって何となく素通りしてました。COCOLOで取り上げるタイミングがなかったということですけど。
出来ればどなたかにゲストに来て頂ければと思ったのですが、それが難しそうだったんでこうなったわけですが、10月の特集をどうしようかと考えながら改めて聴いていて、このままでいいのだろうか、と思いました。
今年がデビュー50周年。50周年というアーテイストやバンドは彼らだけではありませんが、新作を出すと言うことは評価されるべきでしょうし、甲斐バンドらしい、そう、こういうのが好きだったんだよなと思えるアルバムでした。
タイトルがいいですよね。”ノワール”というのは”黒”。昔、”フィルムノワール”という言葉が流行りました。40年代から60年代にかけて。暗黒社会を描いたギャングもののやハードボイルド映画をそういう呼び方をしたんですね。
発祥はアメリカ映画でフランスにも広がった。ハンフリー・ボガードとかイブ・モンタン、ジャンギャバンとかしぶーい俳優さんが主演してました。甲斐バンドの「三つ数えろ」はハンフリーボガードが主演した映画の題名でした。
甲斐バンドはロックとハードボイルを結び付けた唯一のバンドでしょう。「ノワール・ミッドナイト」というタイトルが似合うロックバンドは彼らくらいでしょう。まさに大人のダンデイズム。そういう意味での満を持してのアルバムに思いました。
暗黒街という言葉は50年代、60年代の日本映画の舞台にもなってるんですよ。お滝詠一さんの大好きな片岡千恵蔵さんの多羅尾伴内シリーズとか小林旭さんや裕次郎さんの日活の盛り場映画、東映のヤクザ映画にも使われてました。
でも、令和の日本では死語でしょう。目の敵にされかねない。そこにロマンを求めるのはまさに甲斐バンドという印象でした。曲もかっこいい曲多いです。一曲目の「黄昏に消えた」や「Blood in the Street」。
一番好きだったのは「ランナウエイ・ブルース」かな。この裏町の逃亡感覚。酒場の窓と汽笛の音。「Blood in the Street」も「ランナウエイ・ブルース」も「キラーストリート」や「港からやってきたた女」を思わせました。
共通する世界を描きながら枯れた巧みさが加わっている。50周年の区切りに相応しい。「夜の向こうのブルース」は以前は書けなかった曲でしょうね。映画の中というフィクション感とは違うリアリテイがありました。
すみませんね、今頃で(笑)。という話を番組でしたいな、と思いながら聴いてました。というわけで、甲斐バンドの新曲「夜の向こうのブルース」を。じゃ、お休みなさい。
者。リフのキャッチ―さ、中には10年前に作った曲もあるそうですが、でも、アルバムとして聞くのは初めてですし、その頃のことはあまり知りません。こうして一枚になった時に初めて意味が伝わる。
もそういうのギャングものの
FM NACK5「J-POP TALKIN’」の10日と17日のゲスト。昨日、横山剣さんのインタビューを収録しました。去年、「火星」というアルバムを出してちょうど一年後。明日発売、ほやほやの新作が「華麗」。もちろん「加齢」と掛詞になってます。
剣さんも60代になりましたからね。先行シングルになった「Summertime411」に「加齢」という言葉が出てくるのですが、それがタイトルのアルバムじゃ華がなさすぎるよな、ということで「華麗」なリリースとなりました。
剣さんは1960年生れ。今年65才。とは言え2022年に22枚目の「樹影」、2023年のに23枚目「世界」、2024年に24枚目「火星」、2025年に25枚目の「華麗」。何という多作なんだ、というコンスタントな新作の発売でしょうか。
しかも既成曲を入れたとか、過去の曲を録り直したというアルバムじゃないですからね。前作からは新しい試みもしていて、最新型のバンドサウンドになってる。若い頃より都会的でおしゃれになってる。これは驚くべきことでしょう。
剣さんの言葉を借りればともかく「曲が溢れて来る」というんです。こういう曲を作りたい、こういうことを書きたいと思うと浮かんでくる。アレンジも自分たちのバンドでスタジオでやりながら作ったりする。
キャリアを重ねて色んな技を覚えるとバンドの比重が下がってくる例が多いですけど、そうなってません。横山剣さんにしか書けない曲ばかり。小学生の時から頭の中を音楽が渦巻いていたという雑多な要素が詰まってます。
横浜ですからね。米軍基地とアメリカ文化のど真ん中。そこにチャイナタウンや香港、マニラや韓国というアジアンテイストがごった煮のように混ざってる。さらにはGSや歌謡曲もある。小学生の時に筒美京平さんに憧れていたという名残もある。
ともかくインタビューに出て来る固有名詞がすごい。矢沢永吉さんや細野晴臣さん、千昌夫さんや五木ひろしさん。そこにソウルやリズム&ブルースの僕も知らない名前が加わっている。意外性だらけの脈絡のない飛躍が実に楽しいんです。
「華麗」もそうですよ。そういう実話だらけ。若い頃に軟派したお金持ちのパトロンを持った女性からちょっとエッチなお医者さん、香港にあったという怪しげなクラブ。横浜お黄金時代の本牧にあったお店とかね。
そこに60代を超えたからこそのノスタルジーやメッセージが歌われている。こういうバンドもソングライターも他にいないことを証明している。どっちかというと日本では雑多なものはあまり理解されない傾向もあります。
彼もバンドでプロデビューしてからも会社員だった時代あると言ってました。そういう中での25枚目ですからね。ちょっぴり不良で音楽には大真面目な大人の味。もっと注目、評価されてもいいのになあ、と今回も思いました。
というわけで、クレイジーケンバンド、アルバム「華麗」の先行シングル「Summertime411」。4分11秒あります。9月2日、今日も36度を超えてました。発売日の明日も37度だそうです。じゃ、お休みなさい。