FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」の5月の企画です。「90年代ノート」。今日、一週目の収録をしました。5月1日が月曜日なので5週間あります。折角それだけの回数なのだから、それなりのものをということで90年代を振り返ろうと思いました。
以前、「J-POP LEGEND FORUM」時代に、次期は違いましたけど「60年代ノート」「70年代ノート」「80年代ノート」とやってるんですね。その続編。一週で2年という区切りでたどってみます。
「90年代」をやろうかなと思ったのは2月にTAKUROさんの「TAKURO令和と50代を語る」という特集をした時ですね。89年は平成元年。30年以上経ってる。「90年代」がずいぶん遠くなった気がしたんですね。
しかも、日本の音楽史上もっとも稀な時代だった。日本のポップミュージックは60年代に種が撒かれて70年代に芽が出て80年代に開花した、と思ってるんです。「90年代」はその先。「爛熟期」「黄金期」と言っていいでしょう。
日本の経済が「バブル」に突入したのが86年かな。当然ながら好景気が音楽の世界にも反映していた。経済と文化は少しタイムラグがあるわけで、88年あたりから音楽の状況が変わって行った。その中で90年代の幕が開いたわけです。
それまでは100万枚が大事件だったのに200万枚から300万枚という数字が飛び交うようになった。年間ミリオンセラーは20曲という年もありました。今やCDが風前の灯火という時代からどんな風に見えるのかを探ってみたいという趣旨ですね。
もう一つは共同通信の「80年代ノート」が終わってその次を、みたいな空気もある。どうなるにせよ「90年代」をお浚いしようと思ったというのもありました。でもね、取り掛ってみていきなりハードルにぶつかったのが「曲」なんです。
ご紹介できるのが一年5曲。ミリオンが10曲も20曲もある中で「ヒット曲」を軸にしても到底追いつかない。あんなにヒットしたのに流れないんですか、という声が当然起きる。で、決めました。取材したことがある、ライブを見たことがある人。
つまり「私的90年代ノート」という感じですね。まだ一週目ですからどうなるか分かりませんけど、近くて遠い、遠くて近い10年間の振り返り番組になればという感じです。あまり入り込むと抜けられなくなりそうですが(笑)。
というわけで、「90年代」の曲。やっぱり”やがて1999”というあの曲は流さないとね。アルバムも90年でしたし。浜田さんの「詩人の鐘」を。じゃ、お休みなさい。
FM NACK5「J-POP TALKIN’」の5月10、17日放送分のインタビュー。5月17日に4枚目のアルバヌ「&」が発売になります。これまでの3枚がどれもアルバムチャートの最上位に入ってましたから名前は知ってましたけど、初対面でした。
元MNB48のキャプテンでAKB48のセンター。AKBは何度かライブも見ましたけど取材はしたことがない。MNBは関西ですから初対面が当然と言えば当然。印象が変わったのが2月に見た「歌縁」コンサートですね。あれで認識が一変しました。
「歌縁」というのはみゆきさんの曲だけを歌うリスペクトコンサートですね。彼女は「空と君にあいだに」「慟哭」「たかが愛」の3曲。「空と君のあいだに」は”僕は悪にでもなる”ですからね。アイドル出身にしては癖のある歌をうたってました。
え、そういう人だったんだ、と思って今までの彼女の歌を聴き直してみて”シンガーソングライター”としての強い想いみたいなものを感じたんですね。今ある自分から変わって行こうという切迫感みたいな意志がはっきりしてる。
で、新作アルバムで初対面ということになりました。何かと風当たりの強かった48グループの中心的存在。誤解や偏見や中傷も経験してきてる。その中で自分の道を進もうとしてきた。思ったより素直で好感の持てる女性でした。
バンドを解散してソロになる人は珍しくないですけど、48グループを抜けてシンガーソングライターになったのは彼女だけでしょう。歴史的アイドル出身という意味では前例がない。そういう気負いを感じさせない自然体のインタビューになりました。
でも、涼しかったですねえ。肌寒いくらい。先週の夏日は何だったんだ、という感じ。あの暑さの中の大阪・東京の連チャンは結構ハードで反動が来てました。昨日の取材は当日のキャンセル。すみませんでした。放送じゃなくて助かりました。
楽しいイベントでしたけど、もう無理は効かないという当たり前のことをまたしても痛感させられた結末になりました。という話とは別にアフリカのスーダンからの脱出のニュースにNPO法人、ロシナンテスの川原尚行さんが出てました。
ロシナンテスは浜田さんのJ.S.Foundationが支援している団体。カメラマンの内藤順司さんが写真を撮り続けてました。「ON THE ROAD2022」のJ.S.Foundationのブースで配布されていたカードはスーダンの水道改修プロジェクトのものでした。
遠いアフリカの出来事がいきなり身近なものになった。もしニュースで彼を見ることがあったら、そんなことも思い出してみてください。ひたすら無事を祈ってます。ということで話が逸れてしまいましたが、曲ですね。
山本彩さんがいたMNB48にこんな曲があったことを知りました。「太宰治を読んだか?」。そういうアイドルグループだったんですね。秋元康さん、パブリックイメージとはかなり違う作詞家だと再認識させられました。じゃ、お休みなさい。
無事終わりました。17日・浜松、18日・広島、19日・大阪、20日・東京。いずれも現地のTOHOシネマズ。僕が参加したのは三か所。浜松がプロデユーサーの岩熊信彦さんと僕、大阪と東京が岩熊さんと監督の板屋宏幸さんと僕でした。
楽しかったですよ。今まではパソコンかソニーの試写室で見ただけでしたからね。実際の映画館の大画面で見るのは初めて。何しろ16ミリフィルムで撮った画像ですからね。画像も音も想像を遥に上回っていて堪能しました。
トークイベントは上映前の約25分くらい。アッと言う間でしたけど思ったより色んな話が出来たのではないでしょうか。まあ、プロのアナウンサーや司会者みたいな手際よくは行きませんでしけど楽しい雰囲気にはなったような気がしてます。
少しずつ違いましたけど話の柱は「16ミリフィルムで撮った映像がなぜこんな大画面の映画になったのか」と「日本のコンサート史に残るあのイベントがどうやって実現したのか」という二つ。過剰な苦労話にならないように事実経過を紹介しました。
でも、当日、会場にいたという方が多かったのは驚きましたね。浜松は8割以上という感じ。他の会場でも半分近かったんじゃないでしょうか。当時のパンフレットやタオルや帽子、チケットをお持ちの方もいらっしゃいました。
一番印象的だったのはやっぱり大阪ですね。ララポート門真という巨大なモールの開店は17日。何と開店三日目。もちろんTOHOシネマズもですね。巨大なモールの中の立派な映画館。しかも大阪、FM COCOLOの聴取エリアです。
FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」も4月にリニューアル。その一週目、二週目のゲストが板屋さんと岩熊さんでした。つまり、すでに番組である程度の話が出ているという状況でのトークイベント。リスナーの方もいらっしゃいました。
番組では出なかった話を織り込みながらというのは結構スリリングで面白かったです。終わってから門真の串焼屋さんで打ち上げがあったり、ホテルから会場の往復も電車だったり。「地元感」一杯。大阪は住みやすそうだなあと思いました。
スケジュール的には思ったよりハードでしたけど、忘れられない経験になりました。ライブビーイング・ジャパン、岩熊さん、板屋さん、何より参加して下さった皆さん。ありがとうございました。公開は5月5日。「声出し上映会」もあるようです。
今日はFM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」のBEGINの比嘉栄昇さんのインタビュー、初アロハでした。その話はまた。というわけで、曲ですね。映画の中の最大の聞きどころ、見所のひとつ、「僕と彼女と週末に」を。
その時の話は会場で販売するパンフレットにも書かれてます。膨大な写真からの厳選ドキュメンタリー写真と僕の原稿でぜひ(笑)。じゃ、お休みなさい。
back nubmer二度目のドームツアーの東京公演の二日目。お客さん入ってましたねえ。スタンドはステージ脇にまでぎっしり。アリーナも通路がどこにあるか見えないほど。まさにパンパンに膨れ上がってました。
今回は五大ドーム全てを使った9公演。全公演ソールドアウト。今、一番勢いのあるバンドということを証明してました。メンバーが何度も「すごい」を連発して「語彙力が奪われた」と言ってましたけど、すごかったです(笑)。
ただ、すごいと言ってもセットとか照明とか演出がすごかったというんじゃない。まだ日程が残ってるんで内容には触れませんけど、色んな意味でです。お客さんのエネルギーとか湧き上がるオーラ、そしてステージに「生身」を感じたんですね。
もちろんどんなライブもバーチャルじゃない限り「生身」ではあるんですが、そういう意味じゃない。ライブならではの演奏の生々しさ。このパフォーマンスはこの日だけだろうという思わせる。特に清水衣与吏さんの歌とか表情とか言葉ですね。
気持ちが乗り移ってるというのかな。声のかすれ方や張りに込めたものが尋常じゃない。ペース配分とか計算とかはどっかに行ってしまったかのようなむき出しな想いが伝わってくる。雲の上というと変ですけど、違うところの行っちゃってる感じ。
二度目のドームツアーですしもう大阪、名古屋、北海道とやってきてるんのに”馴れ”みたいなものを感じさせない。感じさせないじゃなくてないんでしょうね。これだけの数の客席に対しての不安とか緊張とか怖さみたいなものと戦っている。
ドームをやっているバンドは少なくないですけど、精神的な意味も含んでここまで「生身」を感じさせたライブはなかったでしょう。客席もそうでしたね。妙な言い方ですけど「大観衆」という感じがしなかったんです。
照明もそういう感じでしたね。「整然とした大観衆」という見え方じゃない。最新鋭の機材に照らし出された客席という感じじゃない。色んな人が集まってるなあ。と思わせてくれた。それも「生身感」につながったんでしょう。
コンサートの「感情」というのかな。演奏が良かったとか歌に感動した、ということじゃない。「評論」という冷静な言葉が不似合いなくらいに「生身」に思えました。MCも感動的でした。書きませんけど(笑)。
というわけで曲ですね。アルバム「ユーモア」を携えてのツアーなんで収録曲をやるのは当然でしょうからネタバレにはなりませんよね。「ベルベットの詩」を。じゃ、お休みなさい。
”衝撃”という言葉でいいかなあと思いつつですが。5月17日発売の17枚目のアルバム「ひみつスタジオ」。某機内放送で特集します。ちょっと早いですけど「ロッキング・オン」とか特集もすでに出てるんで内容は「ひみつ」じゃないですね。
”衝撃”がいいのかな。”驚き”の方がいいかもしれません。それも「痛快な驚き」「やっったね!」みたいな感じでしょうか。今までやろうとして出来なかったのか、ここまで来たからやろうと思ったのか。多分、そんなこんながあってでしょうけど。
何よりも力強い。いいロックバンドだなあという、聞いているこちらの表情が崩れてしまう感じ。バンドの確かさ、音の太さや揺れ、メンバーの一体感、どれをとってもこれまでと格段に違う。信頼という自信。メンバー全員で歌う曲もありました。
デビュー32年。今まで「変わらない」ことが特徴と言われてましたけど、そういうイメージじゃない。デビュー当時「ヘタウマ」という言葉もありました。一般的な「上手い下手」という概念に当てはまらないバンドでした。
僕も「隙間の詩人」という言い方をしたことがありましたからね。そういう「風通しいい音」が正統派ロックバンドの音になった。「正統派」というのは変かな。でも、彼らの中の「異端」を語る人も少なくなかったです。
草野さんがインタビューでレッドツエッペリンの一枚目のアルバムを話題にしてました。そういうロックバンドの音。前々作の「醒めない」の時に言っていた冗句「オヤジロックバンドをなめるな宣言」を身を持って証明したアルバムでしょう。
もちろん”らしさ”もありました。「本音」をそのまま歌うのではなくチラッと見せる。「生まれ変わる」みたいな言葉が出てきたり、同じテーマや言葉でもこれまでと違う使われ方をしている。「跳べ」という曲もありました。
「空も飛べるはず」と歌っていたバンドが「跳べ」をくり返す。今まで歌ったことないことも随所に歌われてます。「反骨」や「異端」の「かわいらしさ」を引き受けつつ揺るぎない。妙な言い方ですけど見違えるほど、前作で「見っけ」た結果がこのアルバムだと思いました。
以前「さわって変わって」という曲や「メモリーズ」という曲もありましたから、ファンの人たちには快哉を浴びるでしょうけど、ヒット曲しか馴染がないという人には驚きじゃないでしょうか。50代半ばですからね。バンド人生の仕上げはここからでしょう。
というわけで、曲はまだお聞きできないでしょうが、アルバムの中で一番感動した曲「讃歌」を。発売の折に是非。じゃ、お休みなさい。