本来はハワイに行く前に終えるつもりにしてたのですが、ままならず残ってました。でも、無事に入稿しました。100回目は99年の10本目。ユーミンのライブ「シャングリラ」と20世紀の世紀末。実は連載を始めた時から決めていたテーマでした。
100回連載。丸二年。「80年代ノート」がありましたけど、あれから時間も経ってますし体力の衰えは隠しようもない。助かったのは担当者がリアルタイムでその頃の音楽を聴きまくっていた人だったことで、彼の力を借りながら何とかゴールしました。
「80年代ノート」の時も終わってからあの人が抜けてるよなあとか、あの話を入れておきたかったなと思ったりしましたけど、今回もそういう感じはありながら満足度は高いです。「80年代」に比べて書くとも多岐にわたってました。
一言で言ってしまえば実に面白い時代だった。CDの売り上げが端的に物語ってますけど、音楽を取り巻く環境が史上もっとも豊かだった10年間。こんなにバラエテイ豊で多岐に渡っていて、どのジャンルも中身が濃かった。
一年間でミリオンセラーが20曲という年も何年もありました。ドームツアーやスタジアムツアーも日常茶飯事。音楽雑誌も花盛りでともかく書きまくっていた。仕事場にその頃の雑誌が残っていたのが助かりました。
「月刊カドカワ」「GB」「R&Rニューズメーカー」「パチパチ」や「スコラ」、そして「毎日新聞」。レギュラーで書いていた雑誌の記事はそれなりに残ってましたし。自分の仕事を辿り直すいい機会にもなりました。
そういう意味で言えば「ライター」としての青春があったと言っていいでしょうね。青春と言う言葉は気恥ずかしいか。「油が載っていた」と自分で言うのはもっと恥ずかしいですけど、よくこんなに仕事してたなと思ったりしました。
「70年代」はそろそろ語り尽くされてきてる感じもしますけど「90年代」はこれからでしょう。当事者たちも元気ですし色んな語られ方が楽しめる時が来るでしょうけど、これだけ俯瞰した本もないだろうな、というささやかな自負はあります。
共同通信は記事を配信する会社なので掲載はそれぞれの地方紙によって違います。まだ半分くらいという新聞もあるようですし。でも、いつか一冊にまとまることを願うばかりです。ひとまずありがとうございました。
というわけで曲ですね。ユーミン、80年のアルバム「時のないホテル」から「水の影」。「シャングリラ」の本編の締めくくりとなっていた曲。じゃ、お休みなさい。
一昨日、日にちを勘違いしてました。翌日、気が付いて消しましたけど、「今日は4月5日」と書いてました。たぶん時差ぼけでボーっとしてたんだと思います。昨日のNACK5「J-POP TALKIN’」のマーチンの完パケもぐしゃぐしゃでした。声は出ないし話もまとまらない。一昨日書いた台本も間違いだらけで目も当てられない。
前はこんなことなかったのになと思いながらしどろもどろで収録を終えました。デイレクターもかなり呆れてましたけど、編集が大変だと思います。この年での10日間以上のブランクは大きかったようです。昨日の夜も死んだように寝てました。で、今日、4月5日は拓郎さんの誕生日。80歳。今月の「聴き語りライブ」はこうなりました。
場所があの「原宿ペニーレーン」。まだ営業してるんですよ。アコーステイックなライブをやったりイベントスペースとしても使われている。「アナログ天国」が下北沢にあった時と西荻樹に移ってからの「日本ライブ伝説」を聴きに来てくれていた元フォーライフの人が「ペニーレーンで拓郎さんをやれませんか」と言ってくれて話がまとまりました。
それはもう二つ返事。いつものアコーステイック用のPAではなく、elpがスピーカーを持ち込んでくれる。レーザーターンテーブルならではのアナログ盤体験が出来る。予定は3時間。今回も直前のお知らせになってしまいましたが、そんなに大きな会場じゃないのでお早目にお願いします。一曲目は「ペニーレーンでバーボンを」に決まってます(笑)。じゃ、おやすみなさい。
昨日の夜、無事に戻りました。帰りは羽田だったのでスーツケースを持ったまま直行バズ。一昨年に引っ越して今は駅前暮らし。帰りはほんとに楽でした。東京の温かさにびっくり。11日間でこんなに変わるんだと季節の変わり目を実感しました。
4月5日、拓郎さんの80回目の誕生日。僕は9月なので、年の話になると「拓郎さんと同じ」と言えば済んでました。それも恩恵と言えるのかもしれません。2009年の「つま恋」の時が還暦。一緒に還暦を迎えられたことに感慨を覚えました。
あれから20年。何せ、80ですからあの時以上のものがあります。13日の名古屋、25日の大阪のチケットは何とか確保できたので80歳の拓郎さんを確かめたいです。本人が一番思ってることでしょうけど、まさかこの年までということに尽きます。
で、うっかりしてました。FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」の4月前半二週は「浜田省吾デビュー50周年・生まれたところを遠く離れて」リミックス盤の全曲紹介です。収録はハワイに行く前に済ませました。
その時に書けば良かったんですけど、それどころじゃなかったです。4月21日に出る「生まれたところを遠く離れて」と「LOVE TRAIN」の特集。両方ともアナログ盤がメイン。「生まれたところを遠く離れて」はCDも出ます。
そちらの方にライナーノーツを書いてます。文字数は一万字。通常のライナーよりも長い。ロード&スカイの高橋社長、鈴木幹治プロデユーサー、リミックスを手掛けたエンジニアの竹内さんの話を聞いて書いてます。
ただ、50周年ですからね。当時は生まれてないとという方も多いでしょうから、説明して方が分かりやすい。あのアルバムを初めて聴いた時のこととか、あの時代のことやその頃の自分のこと。内容はかなり個人的でもあります。
アルバムは驚きました。一曲目の「路地裏の少年」が始まった時、イントロの音に何が始まったんだと思った。リズム隊の質感や音圧感が迫って来る。中音域を意識しすぎる日本のロックやポップスの音の作り方をしてない。
演奏だけじゃなくて声が生々しい。ともかく若い。作った時は浜田さん22才。アルバムを作れるのはこれが最初で最後かもしれない、という気負いと気概に満ちている。世の中に挑みかかるような勢いや突っ張りの生々しさ。
リミックスですからね。マスターテープをチェックし直すところから始めている。今まで聞こえてこなかった音とか使われなかった音も生き返っている。演奏も歌もあの時のままですけど、リミックという手が加えられた新作のようです。
というようなこと書いてるのですが、番組でもそんな話をしてます。「生まれたところを遠くな離れて」の全曲紹介と「LOVE TRAIN」の代表曲という二週間です。4月26日に渋谷のHMVでトークイベントもあります。
4月のメインは拓郎さんと浜田さん。願ってもない一か月になりそうです。というわけで、曲です。拓郎さんの「マラソン」を。この間、ホノルルマラソンのことを書きましたけど、あの時に成田で流れていたのが「マラソン」でした。
その時のことはまた。明日はNACK5「J-POP TALKIN’」のマーチンさんのインタビューの完パケ。時差ボケしてます。じゃ、お休みなさい。
最終日、無事終わりました。最後くらいはやっぱりちゃんとしたレストランで、ということで思い切っての大判振る舞い。初日の円安ショックがずっと尾を引いてる感じでしたけど何だかすっきりした感じです。
何にしても10年というブランクはかなり大きい。その間にコロナ禍があったりして街の様子だけじゃなく社会生活自体が根底から変わってしまった。それに加えての円安。ラーメン一杯2500円とか、サンドイッチ3500円とか。ともかくすさまじい。
一昨日あたりから驚かくなりました。慣れたというより諦めたと言った方がいいでしょうけど。最初はこのお店だけかなと思ったりしましたけど、どこも変わらない。そう思うと、逆にその中でもいいお店とそうじゃないお店が判別できるようになる。
それが嫌だと言ってると身動きできなくなる。満足に食事も出来ないような生活をしないといけない。折角来たのにそんなに委縮してしまったら楽しめない。その迷いを捨てたところから変わってきた感じです。
まあ、10年ぶりですからね。10年分を使ったと思えば諦めもつく。何かと「10年ぶりだから」という言葉で納得したような気になる。もちろん帰ってから青くなったりするんでしょうけど(笑)。その分、僕ももうちょっと頑張ろうと。
それにしても劇的と言えば劇的、起承転結が目まぐるしい。いきなり状況が変わって天と地が入れ替わったようになる。こんなにアップダウンのある旅行は初めてでした。そういう色々があったから楽しかったと思えるフィナーレになりました。
やっぱり10年は大きいです。街が変わったこともあるし、こちらが衰えてる。ちょっと歩いただけで疲れてしまうとか、会話についていけないとか、ちょっとアルコールを口にしただけでふらついてしまうとか。
今は大丈夫でもこの先5年後にはどうなってるか自信が持てない。そのことを思い知らされもしました。昼間、公園の緑が眩しいくらいに光を放っているのでその中を歩いて海まで行ってどこかでランチをして来ようと言って出かけたんです。
公園に人影も少なくて海も望めたし途中、写真を撮ったりしていたら軽い熱中症みたいになりました。一応、温度は確認して22度くらいだったんで歩いたんですが、日差しが強いんでしょうね。午後はホテルでぐったりしてました。
そんなこんなで10年のブランクを取り戻して、さあ、次はいつだ(笑)。やっぱりこの人と一緒にいると楽しい。そんな風に思えたのも10年ぶりの賜物でした。それが最高のエンデイングになったような気がします。
途中、若いカップルだったら大喧嘩になるかもしれない、という場面も少なからずありましたから(笑)。お互い年の功(笑)。というわけで、曲ですね。最後も加山さんで「君といつまでも」を。明日、結婚記念日なんです。じゃ、お休みなさい。
あと一日。早いなあと思いつつです。一昨日あたりからようやく地に足がついてきた感じでした。そうそう、ワイキキの面白さや楽しさはこういう感じだったと思えるようになった。連日の歩数一万歩越え。よく歩いてます。
気候がいいからでしょうけど、それだけ歩いても腰が痛くなったりしない。花粉症も出ません。適度以上に疲れもするので夜もよく寝られる。来る前は色々考えてることがあったりして寝付けない時はそういう薬にお世話になったこともありました。
三日目のホテルの部屋が違っていた時はさすがにそういう感じになりましたけど、代わりの部屋に移ってからは不要。やっぱりここはいいなあとしみじみ思える。来る前はこれが最後と話したりしてましたけど、もう次、いつ来れるかなあです(笑)。
ともかく歩いていて楽しい。海に行ったり観光地を回ったりもないしブランド品を探すこともない。この円高ではレストラン巡りにも容易じゃない。それが新しい楽しみを教えてくれる。どこのフードマーケットの総菜が安くて種類が多いとか。
自分で料理するという趣味人でもないし、色んな国の色んな顔の人が行き来していて色んなお店がある。元々が街っ子ですし、日本での好きな街というのもそういうところが多い。それでいてここには透明な光と心地よく乾いた風が吹き抜けている。
幸運だったのは、ホテルが用意してくれた部屋が一階で広いベランダのようなラナイがついてる。ベッドが一つしかないという問題も何とかクリアー。朝起きるとベランダ一面に陽がさしている。それだけで幸せな気分になれます。
あの日が差し込まない屋根裏のようなハワイとは思えない部屋にいたら、そんな風に思えなかったでしょうし、予約のミスをずっと引きずることになったでしょう。とにもかくにもホテルのスタッフの気遣いのおかげです。
二日間空いてしまったのは、一昨日書いたものを一端「下書き保存」したんです。ちょっと調べて書き加えようと思ったらそれが見つからない、保存されてなかった。昨日は歩き疲れたこともあってそのまま寝てしまいました。
ワイキキ以外はアラモアナしか行ってない。どこに行ったとか、何をしたとか特別なことは何もない。もし若い頃にそういう人がいたら何しにハワイに来たのとか鼻で笑ってしまうような無駄な過ごし方ですがそれが出来る島だなあと再認識しました。
無料のトロリーバスがこんなにありがたいとおもいませんでした。2階建のばすから見るワイキキの街並みは人の流れが遊園地みたいに思える。これも若い頃になりはなかった楽しみでしょうね。
まさに年寄りの歩き方(笑)。
明日もワイキキの喫茶店、どこに行っても喫茶店。夏に出る予定の本の校正をしたり。夜は最後くらいはと外食です。というわけで、曲ですね。スガシカオさんの「午後のパレード」。ホノルルフェステイバルというお祭りのパレードを歌った曲。
一昨日、ワイキキの退役軍人のパレードに出会ったんです。ハワイからベトナム戦争に行った人たちのパレード。でも、歩道のスピーカーから流れていたのは素プリンスグスティ―ンの「BORN IN THE USA」でした。
旅先だと感受性が敏感になりますからね。ベトナム退役軍人のパレードとベトナム戦争にのめり込んだ政府に異議を申してるような歌の取り合わせに感動しました。というようなことを書いていて保存に失敗しました(笑)。じゃ、お休みなさい。