昨日、幕張メッセで行われました。ビクターレコードのレーベル「スピードスター」の30周年を記念して中心バンド、アーテイストが集結。二つのステージに分かれて15組が出演しました。朝11時から夜8時半までの長丁場。面白かったです。
と言っても大宮のNACK5で「J-POP TALKIN’」の完パケを終えてから行ったので見ることが出来たのはくるりからだったんでちゃんと見たとは言えませんけど、5時間近くはいたのかな。雰囲気は味わえました。
幕張メッセ第9~11ホールのぶち抜き会場。ステージは大小二つで間には飲食店のブースや休憩スペースがある。タイムテーブルを見ながら移動するというまさにフェスの楽しみ。幸い椅子席もあって助かりました。
幕張メッセ自体は去年、back numberのライブを見に行きましたけど、フェス形式はいつ以来か思い出せない。少なくともコロナ前でしょうし、その前も行かなくなってましたからね。久々だなあ、この感じと思いながら見てました。
スピードスター30周年。出演はGRAPVINE、スガシカオ、UA、KUREVA、くるり、星野源、斉藤和義、SPECIAP OTHERS、つじあやの、藤巻亮太、THE BACK HORN、AA=、竹原ピストル、LOVE PSYCHEDELICO、大トリが何と矢野顕子さんでした。
矢野さんだけ”さん”になってしまいましたが、そう言えば女性がUAとつじさんと三人、デリコのKUMIさんを入れて4人。多くないですね。星野源さんが「僕が42歳で最年少、珍しいレーベル」と笑ってました。
流行りに迎合してないというんでしょうか。それぞれ実績のある人たちですけど全員が我が道を行くゆるぎない人たち。僕は半分でしたけど自分の持ち味を見せつけるような熱演は見ごたえがありました。
そういう顔ぶれだからこういうスタイルでやる。星野さんは弾き語りですからね。何とクレージーキャッツの「スーダラ節」までやってました。味がありましたよ。そういう個性的なレーベルじゃなかったら大トリの矢野顕子さんはないでしょう。
二万人くらいはいたのかな。その前のピアノ弾き語り。名前しか知らなかったという若いリスナーも多かったでしょう。でも、引き込んでしまいましたからね。堂々たる存在感。くるりの岸田繁さんとジョイントもありました。
野外の夏フェスはもう無理だとは思ってますけど、こういう屋内もののはそんなに引っ込み思案になることないのかなあ、と。でも、海浜幕張は遠かったです。大宮から行って自宅まで戻っただけで歩行数も1万歩越えでした。
海浜幕張はbayfmがあります。2016年まで毎週日曜日に生放送をやっていたということがもはや信じられない。朝8時半には局入りしてたんですからねえ。そんな時代もありました、という美しい思い出であります。
というわけで「祝・スピードスターレーベル30周年」でした。曲ですね。ライブの時間には間に合わなかったですけど、UAとつじあやのさんは見たかったです。どっちかなUAの「情熱」か、つじさんの「風になる」を。じゃ、お休みなさい。
共同通信の「80年代ノート」もあと残り二回。それはこちらの事情で、掲載はそれぞれの新聞によって違うのでどういう状況かは把握してませんが。一昨年の4月から始まって今年の3月までという各週原稿。大詰めです。
何となく100回程度でしょうか、という始まり方だったんで少しはこぼれても大丈夫かなという淡い期待もありましたが100回にしましょう、ということで止むを得ず見送った出来事やアルバムもありました。それはまたいつか、という感じです。
で、89年。ユニコーンの3枚目のアルバム「服部」ですね。当時も面白いアルバムだなあと思ったんですが、改めて聴き直しても同じようなことを感じました。あの奇想天外さ。ありえない発想とアイデア。それが一枚のアルバムに完結している。
ナンセンスの妙、ですね。ユーモア。笑える。メンバー5人が全員で曲を書いた初めてのアルバム。どの曲もそれぞれの好みやセンスが表れている。ユニコーンというバンドの形が決定づけられたアルバムですね。
アルバムもそうでしたけど、驚かされたのはミュージックビデオですね。「I'M A LOSER」と「ペケペケ」、そして「服部」の中の「大迷惑」。楽器を持たないで演奏している「I'M A LOSER」、温泉の中で演奏していた「ペケペケ」。
クラシックコンサートを茶化したような「大迷惑」。アルバムの中では中近東風だった「デーゲーム」は坂上二郎とユニコーンでシングルになった時は唱歌風。意表を突くことの連続。あの自由さは今見ても笑えます。
当時、クレージーキャッツの再来、と思ったのを覚えてます。で、そういう一連のビデオを撮影したのが、板屋宏幸さんなんですよ。そのことに感慨を覚えてしまいました。2月の終わりに会ったばかりですからね。
「A PLACE IN THE SUN・渚園」のブックレットの原稿の取材。月末にまた会うんです。33年前ですからね。改めて彼の若き才能を感じるビデオとなってます。ああいうバンドは今、いるかな。
「ナンセンス」「パロデイ」というのは日本人にとってそんなに馴染みがない。クレージーキャッツを除けば70年代の大滝詠一さんくらいでしょう。米米CLUBは近いところがあるか。でも、ロックバンドではユニコーンの独壇場でしょう。
「80年代ノート」は、そうやって忘れかけていたことを思い出すいい機会になりました。後一回、最後は「松任谷由実と中島みゆき」にしようかな、と。こういうことを考えてるのがやっぱり楽しい。もうちょっとやっていたいという感じです。
というわけで、曲ですね。坂上二郎とユニコーンで「デーゲーム」。明日の準々決勝はナイトゲーム(笑)。僕はASKAさんのぴあアリーナ。これはもうしょうがいっす。自分のやるべきことですからね。じゃ、お休みなさい。
明け方、はっと気が付いたんです。この間行ったインタビューのあの時のあの発言はこういうことだったのかもしれない、って突然思った。それで目を覚ましたか覚ましてからそう思ったかは定かじゃないですけど。
この間も書いたようにとっても穏やかな心地よいインタビューだったんです。喫茶店でお茶でも飲みながら話してるような空気で進んでいったわけですが、やっぱり色んな示唆が込められていた。その場ではそれに気づけなかったんですね。
何気ない彼女の言葉の奥にあるものにこちらが反応出来ればそこからまた変わって行ったんでしょうけど、受け止め切れてなかった。反射神経が鈍ってるんでしょうね。でしょうね、じゃなくで鈍ってるんですよ。
「ALL AREA」の原稿は一昨日入校しましたからね、遅かったわけですが。もし、他の媒体で書く機会があればちょっと変わってくるなと思いました。お読みいただけると分かりやすいのですが、「シャボン玉」についてのやりとりがあるんです。
”シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ”という有名な歌ですね。でも、あの歌には悲しい背景がある。彼女に「シャボン玉の歌って何の歌?」って訊かれて、それがアルバムジャケットに繋がっていたんだ、ということにハッと気が付いたわけです。
詳しくは書きません。そこから先は想像であり解釈ということになるわけで個人の意見。でも、あのジャケットには色んなヒントがあると思って頂いて構わないと思います。他のインタビューでその話をされているかもしれません。
アルバムを見て驚いたのは彼女が自分で「解説」を書いてたことですね。「あとがき」としてタイトルについて思うこと、「心月」「夢の京」の二曲の説明。今までオリジナルアルバムでそういう例はなかったんじゃないでしょうか。
曲の説明はしない、聴き手の解釈に任せるというのが基本に見えてましたからね。それも今回のアルバムだからということになるでしょう。特設サイトの原稿はCDが出来る前に書いたものだと思って頂けると助かります。
この曲はどんなことを言おうとしているのか、何を歌っているのか。彼女のアルバムの面白さはそれを考えてみることでもあります。そういう意味では分かりやすいアルバムと言えるでしょう。宿題を出された、みたいな感じじゃありません。
が、ですよ(笑)。やっぱり意味が深い。後になって気づかされる。インタビューの時に英語の訳詞までちゃんと読んで行けなかったんですが訳詞にもいくつもの入口があることを明かしてくれました。日本語と英語の違いを味わうアルバムかも知れません。
ハッと気が付いた時の心境、「しまった!」であり「そうか!」でであり「あ~あ」という感じですね。至らなかった。恐れ入りました、かな、って何のことと書いてるのか分かりませんね。一度、ジャケットをご覧になってみてください。
お腹、何とか戻りました。でも、生ものや洋風はどっか怖い。お粥はすぐに空腹になる(笑)。コーヒーはまだかもしれません。でも、きっと明日、スタバに行ってみるでしょうね。カミさんには内緒ですって、書いちゃったか(笑)。
というわけで、アルバムから「俱に」。”共に”ではあるんですけど、”WITH YOU”じゃない。英訳のタイトルは「AS ONE」。そこに反応出来なかった。「しまった!」の一例です。じゃ、お休みなさい。
そんなこと書いてどうする、ですけど(笑)。一昨日、朝ご飯を食べてから吐き気と腹痛に襲われてしまって仕事にならない。昼間はうどんだけで済ませて横になりながら原稿だけ仕上げて夜はリンゴとヨーグルトだけだったのに全部吐いてしまいました。
昨日、病院に行って薬をもらいましたが、なかなか収まらない。今日もかろうじて原稿は書いたものの、どこかずっとムカついてる。昼も夜もお粥でした。こういうのは久々。普段からむかつくことは多いですけどそういうことじゃないって、当たり前か。
何でだろうとネットで色々調べたりカミさんと色々話したんですが、原因かもしれないと思われたのが朝の生野菜。多少古かったのか、洗い方が足りなかったのか。レタスが食中毒の原因になると初めて知りました。
水もあるのかな。冷蔵庫に飲みかけの水が何本かあってその一本がかなり古かった。そういうのはすぐに捨てるかしないとだめですね。これからの季節、生野菜は要注意じゃないでしょうか。と言ってもそれが原因だとは分かってませんけど。
お医者さんも単に薬を出してくれただけで、はっきりしたことを言ってくれないし。気分は冴えないし。今日は気温が低いのか、心持寒気もするし、最悪の気分で野球を見てると言う状態。僕の仕事は何でしょう(笑)。
原稿は書きましたよ。浜田さんの映画のブックレット用のものや大阪のイベンター、夢番地の会報「オアシス」とか。明日は「ALL AREA」のみゆきさんのインタビューのまとめです。ひーひー言いながらね(笑)。
去年から色々あるなあ、としじじみ思ったり。これが年齢なんでしょうね。免疫力が低下している。ちょっとしたことで身体がやられてしまう。こういうことが続いていきなり落とし穴に落ちてしまう。覚悟しないといけないんでしょうね。
3.11なのに自分のことばかり。東北に元気をというエールを送る側にならないといけないのに。食あたりから大あたりへ。そんな日々が待っていることを。曲ですね。3月11日になると思い出す曲。Mr.Children「祈り~涙の軌道」を。じゃ、お休みなさい。
無事終わりました、っていきなり(笑)。昨日、書こうかと思ったんですけど、寝不足では臨みたくないと思って控えました。みゆきさんのインタビューは何と5年半ぶり。2017年の「相聞」以来。楽しいインタビューでした。
ご本人も「そんなに久々?」と言われてましたけど、前作の「CONTRALTO」の時はそういうインタビューはなかったですからね。「ラストツアー」では会場で顔は合わせてましたけどツアー中は会話する空気はありませんでした。
もちろん、久々なればこその緊張感はありましたけど、ガチンコで立ち向かってゆく、みたいな感じがなかったんです。そうなれたのは一重にアルバム「世界が違って見える日」が、そういうアルバムだからでしょうね。
今まで新しいアルバムを聞くと色んな「宿題」を与えられた気がして、インタビューも「宿題」に対しての自分の思ったことが試される、みたいな緊張感があったんです。そういう「試されている」感にならなかった。
楽しいインタビューと言うと不真面目感に取られるかもしれませんが、そういうことじゃないです。アルバムを題材にした会話が楽しかった、という感じですね。アルバムがホッとする温かい内容だったこともあるでしょうね。
「世界が違って見える日」というタイトルも最初聞いた時は、さあ、どんな裏テーマがあるのだろうと思ったりもしましたけど、何度か聞くとそういうことじゃないことが分かる。ほんの小さな出来事で世界が変わって見えることがある。
苦しかったり出口がなかったり、光が見えない真っ暗な世界がある日、違って見える日が訪れる。それはそんなに大上段なことではないのではないか。そう思わせてくれるのが「人の気配」なのではないか。
誰にでも当てはまることが歌われている。そういう共感度が高いアルバムだということもあるでしょう。ジャケットもそういう体温を感じさせる写真ですし。みゆきさんが「違って見える」アルバムじゃないでしょうか。
インタビューはとりあえず「ALL AREA」で書くことになってます。次号の「ALL AREA」は浜田さん、ゴダイゴ、みゆきさんという豪華三本立て(笑)。そういう雑誌があることが恵まれてるなと。3月30日発売。締め切りはギリギリ(笑)。
ヤマハの「世界が違って見える日」特設サイトにも短いライナーノーツを書いてるんで、是非、お目を通して頂けるとと思います。どんなアルバムか多少の参考になれば幸いです。
というわけで、WBCの本番まで後二日って、話が逸れてます(笑)。曲ですね。アルバムの中から「童話」という曲を。今の世界を”子供たちに何と話せばいいだろう”と歌ってます。じゃ、お休みなさい。
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