あと一日。早いなあと思いつつです。一昨日あたりからようやく地に足がついてきた感じでした。そうそう、ワイキキの面白さや楽しさはこういう感じだったと思えるようになった。連日の歩数一万歩越え。よく歩いてます。
気候がいいからでしょうけど、それだけ歩いても腰が痛くなったりしない。花粉症も出ません。適度以上に疲れもするので夜もよく寝られる。来る前は色々考えてることがあったりして寝付けない時はそういう薬にお世話になったこともありました。
三日目のホテルの部屋が違っていた時はさすがにそういう感じになりましたけど、代わりの部屋に移ってからは不要。やっぱりここはいいなあとしみじみ思える。来る前はこれが最後と話したりしてましたけど、もう次、いつ来れるかなあです(笑)。
ともかく歩いていて楽しい。海に行ったり観光地を回ったりもないしブランド品を探すこともない。この円高ではレストラン巡りにも容易じゃない。それが新しい楽しみを教えてくれる。どこのフードマーケットの総菜が安くて種類が多いとか。
自分で料理するという趣味人でもないし、色んな国の色んな顔の人が行き来していて色んなお店がある。元々が街っ子ですし、日本での好きな街というのもそういうところが多い。それでいてここには透明な光と心地よく乾いた風が吹き抜けている。
幸運だったのは、ホテルが用意してくれた部屋が一階で広いベランダのようなラナイがついてる。ベッドが一つしかないという問題も何とかクリアー。朝起きるとベランダ一面に陽がさしている。それだけで幸せな気分になれます。
あの日が差し込まない屋根裏のようなハワイとは思えない部屋にいたら、そんな風に思えなかったでしょうし、予約のミスをずっと引きずることになったでしょう。とにもかくにもホテルのスタッフの気遣いのおかげです。
二日間空いてしまったのは、一昨日書いたものを一端「下書き保存」したんです。ちょっと調べて書き加えようと思ったらそれが見つからない、保存されてなかった。昨日は歩き疲れたこともあってそのまま寝てしまいました。
ワイキキ以外はアラモアナしか行ってない。どこに行ったとか、何をしたとか特別なことは何もない。もし若い頃にそういう人がいたら何しにハワイに来たのとか鼻で笑ってしまうような無駄な過ごし方ですがそれが出来る島だなあと再認識しました。
無料のトロリーバスがこんなにありがたいとおもいませんでした。2階建のばすから見るワイキキの街並みは人の流れが遊園地みたいに思える。これも若い頃になりはなかった楽しみでしょうね。
まさに年寄りの歩き方(笑)。
明日もワイキキの喫茶店、どこに行っても喫茶店。夏に出る予定の本の校正をしたり。夜は最後くらいはと外食です。というわけで、曲ですね。スガシカオさんの「午後のパレード」。ホノルルフェステイバルというお祭りのパレードを歌った曲。
一昨日、ワイキキの退役軍人のパレードに出会ったんです。ハワイからベトナム戦争に行った人たちのパレード。でも、歩道のスピーカーから流れていたのは素プリンスグスティ―ンの「BORN IN THE USA」でした。
旅先だと感受性が敏感になりますからね。ベトナム退役軍人のパレードとベトナム戦争にのめり込んだ政府に異議を申してるような歌の取り合わせに感動しました。というようなことを書いていて保存に失敗しました(笑)。じゃ、お休みなさい。
昼間、何を食べようかということになって思いついたのがテイクアウト。思いついたというよりそれが一番手っ取り速い。昨日、なるようにしかならない、みたいに書きましたけど、ほんとにそうなってしまうのも困る。
やっぱり行動が制限されるわけです。と言って今まで知らなかったところにも触れてみたい。ヒルトンはここから歩けばそんなに遠い距離でもない。公園の中を散歩がてら行ってみようとうことになりました。
ともかく広いです。ビレッジという名前のとうり一つの村が出来上がっている。ビルもいくつあるんだろう。手近なところの受付で地図をもらってそういうお店があるあたりを教えてもらってうろうろしてました。
何でヒルトンにしたかというと、エルビスの映画「ブルーハワイ」のロケに使われたのが出来たばかりのヒルトンだった。1961年の作品ですから65年前。あの映画は10代の時に一番見た映画でもあるんです。
昨日のホノルルマラソンよりはるか前。僕の中の「ハワイ」は全てあそこから始まったと言っていいでしょう。あの映画の中の曲は今も全曲歌えます。ただ、ヒルトンに今まで全く足を踏み入れたことがなかったわけでもないんですね。
96年か。拓郎さんの50歳のバースデイハワイが行われた時に泊ってる。FM TOKYOのスタッフと一緒でした。拓郎さんはハレクラニでしたけど。ツアーに参加された方もヒルトンだったと思うのですが、そこは記憶があいまいです。
あの番組を実現させたプロデューサーの笹山さんもなくなりました。瀬尾さんを初めてインタビューしたのもあの時。ホテルの部屋ででしたね。あまりこういうのは受けようにしてるといいつつ色んな話をしてくれました。今の関係はあそこから始まってますね。
でも、あの時は番組スタッフですからね。個人行動はほぼゼロ。ホテルの中を歩いた記憶もない。ともかく広いところだなあという印象しかない。こんなに全部間に合ってしまうんだったら、他のところには行かずに済む。
それで楽しんだろうかとか思ったり。今は違いますよ、こんなに便利だったのか(笑)。レンタカーも借りず個人で動くことがこんなに面倒だったのかというのが今回の感想。助かりました。Blue Waterというお店。アヒのポケと鳥のバーベキューソース。ここも円安値段でそれなりでしたけどワイキキのフードコートよりおいしかったです。
昔、映画のロケが行われた時からあるんだろうなあ、という歳月を感じさせる建物もありました。「村」の歴史が残されている貴重な場所だと思いました。それにしても食事がこんなに面倒に思えるのも初めて。とんでもないハワイになってます。
というわけで、「ブルーハワイ」公開65周年記念。エルビスの「ハワイアン・ウエデイングソング」を。じゃ、お休みなさい。
立ち直りました。一晩寝れば何とかなる。昨日は途方にくれてましたけど、もう大丈夫です。ホテルの人達のおかげでした。昨日の夜は家内も全く寝られなかったみたいでかなり消耗してました。部屋の窓の上の方にカーテンがなかった。光が入ってしまって寝てられなかった。
僕の方は上の部屋や横の部屋のドスドスいう音が気になって寝られなかった。ともかく何か変な部屋だったんですよ。ヨーロッパの古いホテルみたいなどこか神妙な空気が漂っている。形も変則的で壁に油絵がいくつも掛ってる。どっか普通じゃない。
ともかくこの状態じゃ寝られないんでせめて窓一面にカーテンをするなりして遮光できないか、という相談しにフロントに行ったら担当のハワイのロコの太った女性が「昨日の部屋、まだ押さえてるよ」と言ってくれました。
エキストラベッドを入れたりソファーベッドを使えば別々に寝られるし、それをやってみたらどうだと言うんです。普通、東京でもそこまで宿泊者の事情や都合を考えてくれるケースはかなりレアじゃないでしょうか。
そっちの部屋は下層階なので海は見えたりしませんけど、角部屋で日当たりもいい。昨日のところは「太陽の光」が届かない、みたいな雰囲気だったんです。で、その部屋に移ることで部屋問題は一見落着になりました。
ハワイの人は親切だなあというのが最大の感想。自分の勘違いで思ってもなかった部屋に入ってしまった日本の宿泊者のために新しい部屋を抑えて「もし良かったらこっちにしないか」と言ってくれる。これぞハワイだなあと思いました。
何でこんなにハワイが好きになったかというのは時々書いたことがありましたけど、82年にホノルルマラソンに出た時なんです。見に行ったんじゃなくて出たんですよ。それも行き当たりばったりというか何の計画もなく突然です。
当時やっていたTBSラジオの番組で高石友也さrんに話を聴いたんです。ナターシャセブンの時ですね。高石さんはトライアスロンを始めていてホノルルマラソンも何度目か。インタビューは向こうでと言うことになって現地に行ったんです。
で、カピオラニ公園で話を聞いてるうちに彼が「ここのマラソンは誰でも参加できるからやってみないか」ということで当時のマネジャーの山本さんがエントリーしてくれました。話のいきがかり上、成り行きで出たわけです。
当時まだ30代でしたけど。徹夜二日酔い常習の人間がいきなり走れるわけがなく、21キロ付近で膝が壊れてしまった。でも、公私ともにどんぞこの時で、これでゴール出来なかったら俺の人生はクズだ、みたいな心境でコースを歩いてました。
今もそうでしょうけど、あのマラソンは時間による足切りがない。ゴールする意思がある人がいる限りボランテイアの人も待っていてくれる。その時も沿道のボランテイアの人達がホースで水を撒いて励ましてくれました。
で、声をかけてくれるんですが、それが「SMILE!」なんですよ。「笑って!」と声がかかる。そう言われると無理にでも笑うわけで身体が軽くなる。人を勇気づけるのは「がんばれ!」じゃなくて「スマイル!」なんだと痛感しました。
そういう島なんだと思ったんですね。「分かち合う」「助け合う」ということが染みついている。それは「アロハスピリット」なんだと。あのマラソンで膝が駄目になってしまってその後走れなくなりましたけど。
昨日の言葉を使えば「人生最大の感動」でした。この島の気候や風土がそういうメンタリテイ―を育んできた。フロントのスタッフに同じものを感じた次第です。昼間アラモアナに行って10年ぶりにアロハを買いました。
円安のことはもう気にしてもしょうがない。いちいち換算して気が重くなるとどんどん楽しくなくなる、という諦めの境地、なるようにしかなりません。ということで明日からようやくハワイらしい気分になれそうです。
曲ですね。話の流れは高石さん。なくなる前にあの時のお礼を言いたかったです。「私に人生といえるものがあるなら」を。じゃ、お休みなさい。
人生最大は言い過ぎかもしれませんが。かなりの落ち込み。何でこうなったのを受け入れない。昨日までの余りの落差にただただ当惑するばかり。かといって自分の勘違いでこうなったので誰も責めることが出来ない。
ホテルの部屋です。昨日、フロントの人が話してる中でふっと「NO OCEAN VIEW」と言う言葉があって、え、と思ったのですが、僕の英語力はいかんともしがたく、ひょっとしてと嫌な予感がしたのですが、大当たりでありました。
去年の秋に予約した時に部屋を見間違えていた。普段暇な時に食事をしながら予約サイトを見て気分転換することが多いんです。このホテルは今まで二回止まったことがあるんですが、その時に今まで知らなかった部屋が出てたんです。
え、こんな部屋があるんだ、と、これは掘り出し物に出会った。普段は泊まれないような部屋が何かの事情で安く出てるんだと早とちりして、その場で予約してしまったんです。そのサイトは直前までキャンセル料がかりません。
その頃は今年の三月の終わりで仕事も一段落するしゆっくり出来るだろうと、無理だったらキャンセル出来ると思ってたんです。でも、近づくにつれて10年ぶり最後のハワイ、みたいな妙なキャッチフレーズに捕らわれてしまいました。
そうなると妄想が広がるもので、その今まで泊まったことのない部屋で最後を飾る、みたいな思い込みでどんな部屋かのチェックをしないまま直前になってしまいました。でも、予定しスケジュールでは行かれなったんです。
その部屋を取り直そうと思ってももう取れない。何とか取れたのが昨日までの部屋でした。そこは海も見えてフルキッチンもある。前に泊ったことのある部屋でした。そこで二泊して最後を飾る掘り出し物の部屋に移ったわけです。
それがとんでもなかった。海が見えないどころか窓の外は階段。フロアーも客室というより関係者の控室みたいな殺風景な部屋。キッチンも申し訳程度、洗面台もクロゼットも1人用、床にカーペットも敷いてない。ただ単に部屋は広いんです。
フロントの人も何でこっちにしたんだ、という表情。つたないやりとりで僕が写真を見間違えて予約したと分かって気の毒に思って探してくれたのですが、残念ですが満室、ようやく工面してここははどうだと勧めてくれた部屋もベッドが一つしかない。
御厚意は嬉しいですけど、僕はいびきがうるさいんで、それは無理。ということで今日から7泊ここなんです。長いでしょう。最後だろうから長く行こうと思った事が仇になってる。幸い、カミさんが「もう若い時みたいには出来ないといういい教訓だね」と言ってくれてるがせめてもの救いなんですが、自分で受け止められない。
もう40年以上付き合ってて色々旅はしましたが、いわゆる団体ツアーに参加したことがない。自分でホテルも飛行機も決めてきた。それは人と同じでは生きていけないというフリーランスの意地、みたいなものもありました。
彼女も「79才のやることじゃない」からそういうのはもう辞めようと言ってくれるのに余計意地になったり。そんなドタバタの中での予約だったからこんな天と地の違いみたいな旅になってしまった。カミさんの言葉にうなづくしかありませんでした。綱渡りの綱が切れました。
とは言うものの明日から始まる試練の一週間。カミさんも「こういう部屋に泊るのは初めて」と結構面白がってくれてますが、どんな滞在になるのか自分でも想像できません。ということで曲です。先日、新作アルバム「産声」が発売になりました。
時間があるので、新作をこちらでじっくり聴こうと思ってます。Mr.Children「終わりなき旅」を。終わらないまでも転機の旅になることは間違いないです。じゃ、お休みなさい。
連日ですよ。こんな歩き方があるとは思いませんでした。どこへ行ってもまずメニューとか値段票を見る。二人とも元々計算が得意な方じゃなくてどっちかと言わなくてもアバウトそのもの。なのにいちいち細かくみて感心してる。
当たり前ですけど、お土産屋もスーパーもレストランもどこへ行ってもそう。ばかばかしいくらいに高い。昨日も書いたように日本人がほんとに少ない。ワイキキにカード会社がやってる案内オフィスがあって何かと便利なんですけど、そこもそうでした。
何せ10年ぶりですしコロナもありましたからね。前は説明してくる人とかパンフレットや色んな資料が閲覧できるようになっていて活気があったのにカウンターにデイスプレーが並んでいて女性が数人いるだけ。全部オンラインになってる。
世間話をしていても円安に手こずっていることが言葉の端々に滲み出てる。前はレンタカーで意気揚々と出かけていたような若い人が今はバスなんだそうです。レンタカーの料金もガソリン代もとんでもない値段になってるみたいです。
青年は荒野を目指すとか何でもみてやろうという大昔みたいな気分にはどうやってもなれないというのが実情なのかもしれません。僕らもそういう感じになってます。でも根が野次馬ですからね。「円安物価高」を面白がれるかどうか。
これを面白がらないとボヤキと愚痴で終わってしまいそうですし。知ってるところがどのくらい残ってるかを歩いてみよう、みたいな気分で回ってました。ほんとに沢山なくなってます。閉店、移転、閉鎖。10年ひと昔どころじゃないでしょう。
お天気は快晴。これぞハワイ。どんなに時代が変わろうと栄枯盛衰が繰り返されようとこの光と風は変わらない。そういう島なんだなあと思いながら午前中に歩いていて今度は暑さにやられそうでした。時差ボケと老化。午後は部屋でした。
明日はアラモアナセンターのフードコートのチェック。部屋食がどのくらい出来そうかを確かめに行きます。粗食旅になりそうです(笑)。そういう歴史的なことで言えばワイキキで必ずよる果物店があるんです。
高橋果実店というお店。戦後すぐに日系移民の人が始めたお店で野菜も果物もサンドイッチとかともかくおいしい。御主人はもう20年くらい前になくなったのですが、以前、「ハワイと戦争」というテーマで取材したことがあるんです。
真珠湾をご存じの方でしたからね。ともかく戦争をしてはいけないという話をされてました。先日の日本の首相とアメリカの大統領の会談の中でも「真珠湾奇襲」が話題になってました。この80年間は何だったんでしょうか。
ということで、明日は別の部屋に移るんですが、僕が大勘違いをしていたことがあってどうなるか、かなり心配です。そんな話はまた。曲ですね。スパイダースの「ノーノーボーイ」を。何でこの曲か。
第二次世界大戦の時、西海岸の日系人はスパイ容疑で収容所に強制収容されるのですが、その時の日系人のことを書いた「ノーノーボーイ」という本があるんです。かまやつさんはご存じなかったですけど。じゃ、お休みなさい。