今昔って、大袈裟ですね。今昔ね。ダイエットにいいのはコンニャクね、って失礼(笑)。今昔物語って古典にありましたけど、どういう本かは忘れました。というか、昔から知りません(笑)。久しぶりに六本木で飲みました。と言っても食事をしたという方が正確ですが。
そう、飲みました、と食事をしましたでは全然印象が変わりますね。飲みました、というとどういう感じかな。バーとか居酒屋かな。集団でグアッと騒いでいるという感じかな。さすがに、そういう年じゃないですからね。、むしろ、お酒よりも食事メイン、酔うことよりも話すことの楽しみ、みたいな感じでしょうか。
六本木と言っても飯倉の方ですから、いわゆる外人たちが集まっているという派手な雰囲気の界隈ではないですけどね。でも、地下鉄の駅からブラブラ歩いていて、ひとり今昔物語的な気分に浸ってしまった次第です。田舎の人みたいですけど。でも、久々は確か、でありました。
少なくはなりましたけどあの辺にオフィスがある会社もありますし、打ち合わせとかで時々は行くんですけど、今日みたいな食事ではいつ以来かなあという感じでした。バブルの頃は、よく行ってたなあとか思ったりしましたよ。70年代の頃とかね。ちょっぴり西洋的な不良の匂いがして、なかなか渋かったわけです。
一緒に食事をしたのがその頃を知っている人だったせいもあるでしょうね。同じ時間を過ごしてきたというのは、こういうことなんだなと思わせられました。同じころ、同じ街にいた。これは結構大きなことですよ。それは街だけでなくコンサート会場ということでも同様なんでしょうが。
ここは前は何だっけな、とか思いながら歩いていると、プチ・センチメンタルジャーニーという感じでした。なんだかんだ言って年の証拠なんでしょうけど(笑)。でも、思い出すことが多いのは幸せなことでもある気がします。思い出の多さでは人に負けません。
この間の「J-POPマガジン」で吉井和哉さんが「肩パットの時代はもう来ないとは思うけど、そうも言いきれない気もする」と言ってました。肩パットの時代、バブルの時代。六本木の時代。とか言っても、地方の人には全くリアリテイがないでしょうね。失礼しました。
あの時代は何だっただろうと思うことはたくさんありますよね。60年代にしても70年代にしても、バブル全盛期にしてもです。結局、いつの時代もそうやって変わってゆくということなのかもしれませんって、妙に悟ってるな、お主、枯れ過ぎ(笑)。
というわけで、明日は図書館に行って新聞の縮刷版を調べないといけないことがあります。ま、なんだかは言いませんが。今日の曲ですね。六本木ね。ギロッポンという歌がありましたけど、さすがにあの曲に思いれはない(笑)。みゆきさんの「蕎麦屋」は、今はなくなってしまった飯倉のお蕎麦屋さんが舞台でしたね。あの曲を。じゃ、おやすみなさい。