何だろうね、この独特の響き。オバマさんの演説の中にでも最後の方に登場してましたね。身も蓋もない言い方をしてしまえば、愛国的な呼びかけなんでしょうけど、そうやって言葉になった時に他の国とは違うものがあるような気がするんですよ。
もちろん僕だけのイメージかもしれないんですけどね。国の成り立ちへのロマンなのかな。そうやって呼びかけてみたくなる距離感なのかな。国と人の距離感。人間が国を動かしてきたという感慨みたいなものが、そういう呼びかけに感じるんですね。
アメリカにあこがれたことのある人とない人とは違うんでしょうけど、僕らの世代は、アメリカに夢を見ていた時がありましたから。音楽にしろ映画にしろ、アメリカ抜きには語れませんでしたしね。そういう名残がいまもあるんでしょうね。
政治的にもそうだったんじゃないでしょうか。自由とか、権利とか、理想とか、いろんなことをアメリカに託していた時期があったように思います。21世紀になってからの幻滅は、アメリカに対してのものじゃなくて、ブッシュさんの政治が嫌いだったんだと、改めて思ったりしました。
オバマさんのニュースを見ながら、僕らが好きだったアメリカというのはこうだったんだよなあ、という感じだったんですね。キング牧師の「私には夢がある」という有名な演説がありましたけど、それを思い出しました。
60年前ならみなさんと同じレストランに入れなかった男の息子が、というくだりは泣けましたね。60年代の公民権運動とか、70年代のベトナム反戦運動とか、そういうアメリカの歴史が継承されている気がしました。
昨日のアメリカには、デイランも、エルビスも、イーグルスもスプリングステイーンもいましたね。ブッシュ時代には、みんなどこに行ってしまったんだという感じでしたから。東京キッドブラザースもいたな。
あの”アメリカよ!”というセリフを聞いた時に、この響きはどっかで聞いたなと思ったんですね。さっきやっと思い出したんですよ。東京キッドブラザースの「黄金バット」というミューカルの中で、後に作家になった永倉万冶が、そう叫んでいたんです。
みんな知らないでしょうね、勝手に思い出に浸ってしまいましたが。70年代の初めに片道切符を持ってニューヨークに渡った日本の夢見るミュージカル少年少女たち。永倉万冶、当時は本名でしたけど、彼の”アメリカよ”という叫びのようなセリフが印象的でした。
永倉万冶は、50代に入ってすぐになくなってしまいましたが。キッドブラザーズも、そういう意味では文化的移民の子みたいな感じだったんでしょうね。思いがけない話になってしまいました(笑)。自分でもびっくりです。オバマさんとキッドブラザースか、どうなんだろ(笑)。
永倉は、よく家に遊びに来ていた時期があるんですよ。僕のユーミンとみゆきさんの比較を書いた「ラブソングス・ユーミンとみゆきの愛のかたち」という文庫本の後書きを彼が書いてくれてました。ということで、そろそろ時間ですね。
曲は何にしよう。エルビスの「アメリカの祈り」かな。日本の歌にしよう。そうだ、81年に小室さん・拓郎さん・陽水さんで「ニューヨーク24時間漂流コンサート」という番組を作ったことがありました。TBS30周年記念企画で、企画構成は僕でしたけど。
その3人がマンハッタンを24時間、ストリートで歌うという路上ドキュメント。CDにもなってますけど、その中で小室さんがデイランがデビューしたライブハウス「フォークシテイ」で「We shall overcome」を歌ってます。
その場では拓郎さんがデイランの「風に吹かれて」もうたったんですけど、それはCDになってません。オバマさんの”アメリカよ”を思い浮かべながら「We shall overcome」を小室さんで。じゃ、おやすみなさい。