というわけで逝きました。午後5時過ぎでした。ずいぶん頑張ったでしょう。最後は、何回かくしゃみをするみたいに首を振って、それが最後でした。でも、苦しそうに吐いたりすることはなかったですよ。もうそんな力も残ってなかったのかもしれませんが。
明け方、4時半かな。下でドタンという音がしたんで、行ってみると、トミーが廊下に倒れてました。どこか場所を見つけようとしたんでしょうね。で、その時は、いつものホットカーペットに戻したんですが、朝、7時にカミサンが洗面所に横になっているのを見つけました。
それからずっと僕の部屋にいたんですけどね。その時は、夕方まで持つとは思えなかったんですよ。お昼頃までかなあ、突然起き上がろうとしたり、足をいきなりばたつかせていたのは。午後は、ほんとにスヤスヤ寝ているような感じでした。
僕の部屋は割と日当たりが良くて、彼女が好きな場所でもあったんで、それも良かったんでしょうね。呼吸がヒーヒーは言ってましたけど、ゆったりとお腹が上下する様子は病気とは思えませんでした。不思議な光景でしたよ。でも、日が陰る頃から、息に力がなくなっていきました。
でも、猫って、人間の気持ちが分かるのかなあと思うのは、カミサンが帰るまで待ってくれたみたいなんですね。彼女もいつもより心持早く帰ったんですが、彼女が帰る5分くらい前に心臓は止まったわけです。止まった、と思ったんですね。それも気づないくらいに静かでした。
でも、間に合わなかったよ、と言った時はまだ身体はあったかくて、ほんとに死んだのかなって言ってる間に、ふっと見たら、おしっこをしたんですね。それが最後でした。だから、帰った時は、まだ意識があったのかもしれません。
身体をさすって、もうちょっと頑張れ、と言ってたのが通じた感じでした。ぐったりしていても、名前を呼ぶと目を開けて起きようとしたり。猫は不思議なところがありますね。まあ、18年一緒にいたわけですからね。しかも夜の友達、だったわけですし。
猫らしい猫でした。控え目な面と活発な面が両方あって、エサもその場で食べようとしないで、しばらくしてから食べるんですね。そのくせ階段はさっさと駆け上がるすばしっこさもありました。そう、スズメを捕まえてきたこともあったな。
母親の美也子はお姫様で、ジミーはわがままな甘ったれでしたからね。足腰いは強かったんでしょうね。だから、これだけ持ったんだと思います。でも、散歩相手がいなくなるのは少しさびしいですよ。ひとりでウロウロしてたら、不審人物ですしね(笑)。
ブログのタイトルをどうしましょうか。トミー・メモリアルとかつけようかな(笑)。でも、いろいろコメントありがとうございました。トミーに代わってお礼します。お天気も良かったですし。陽だまりの中で旅立ってゆきました。永遠の散歩に出かけました。
というわけで、今日の曲ですね。何だろうな、スピッツに「猫になりたい」という曲がありますね。つじあやのさんのカバーが絶品なんですよ。明日、彼女のインタビューもあります。でも、ほんとにインタビューや取材のない日でしたからねえ。一日一緒にいられました。じゃ、おやすみなさい。