何の関連もないっす(笑)。でもこの一週間くらいで起きたことの巨大ビックリマークの双璧ということでしょうか。ビックリしましたねえ。三浦和義さん。27年も経つんだなと思って、そっちの方も感慨があったりしました。「ロス疑惑」ね、「週刊文春」の「疑惑の銃弾」ですよ。
週刊誌の記事をあんなにみんなでむさぼるようにして読んだのってあれくらいじゃないでしょうか。安倍さんという編集担当の名前まで覚えてますからね。あの人は今、何をしているんでしょう。81年。軽薄短小がもてはやされていた時代でした。
海外での殺人事件があんなに話題になったのは、そういう時代もあったんでしょうね。ロスという場所も、格好だったんでしょう。ウエストコーストが人気の時代でしたし。「ポパイ」とかね。舞台がニューオータニホテルの側、というのも妙にリアルだった気がします。
ニュースに写るロスの空とか、椰子の木を見て、ロス行きてえとか思った人も多いでしょう。三浦さんのやっていた会社もちょうどタイムリーでしたからね。フルハムロードだ。何でこんな会社の名前を覚えてるんだ(笑)。ロンドンにフルハムロードという地名があるんだってそれで知ったんですよ。
でも、何で、今頃逮捕したんでしょうねえ。アメリカには殺人事件に時効がないというのも初めて知りました。西部劇の国だよねえ。賞金稼ぎみたいな人が堂々といた国ならではですよ。莫大な賞金の掛かったおたずね者を終生追い求めた保安官、みたいな感じでしょう。
日本はそんなにドライじゃないということなのかな。先祖代々の敵討ちなんてあったんでしたっけ。時代劇マニアじゃないんで、殆ど知りませんけど。そうか、敵討ちは法律がない時代だから、時効はないのか。ということはアメリカと日本の法律の中で”殺人”の捉え方が違うということかって、ブツブツ言ってますけど(笑)。
で、イージス艦ですよ。こっちもビックリマークでしたけど。かなり怒りに満ちたビックリでしたよね。エラソーですよねえ。漁船の方が避けると思っただって。頑張れ漁協です。まぐろ釣りの心意気を見た感じです。
あの青年は、父親が脳梗塞かなんかで倒れて、学校を辞めて後を次いだとか、ホームレスに魚を届けていたとか、こんな好青年がいるのか、という感じじゃないですか。何で軍艦に殺されないといけないんでしょうか。
漁師さんの一人が言っていた「300人も乗っていて、誰一人助けようと思わなかったのか」という言葉が印象的でした。情けないねえ。まあ、こういうことを書くと愚痴っぽくなるんで辞めますけど、あんまりなことが多すぎますよね。
というわけで、一日中原稿でした。27年前、何をしていたのかな。1981年だ。浜田省吾「愛の世代の前に」、甲斐バンド「破れたハートを売り物に」、佐野元春「HEART BEAT」、吉田拓郎「無人島で..」か。80年代が始まった年、という感じでしたね。
甲斐バンド「花園ラグビー場」だ。亀和田武は元気かなあ。あ、「週刊文春」に連載コラムを書いてますね。「花園ラグビー場」は一緒に行ったっけ。今日の曲はそれかな。1981年の思い出です。甲斐バンドで「破れたハートを売り物に」。「花園」の一曲目。座布団が乱舞したんだ。うーん、懐かしい。思い出させてくれた三浦和義さんに感謝、することもないか(笑)。じゃ、お休みなさい。