さ、何を三つでしょうか。やっくん風に言うと「でしょうか!」と紙芝居風になるのかもしれませんが。先日のエッチの話しじゃないですよ。一日三つだなんて、若い頃でも無理でしたからね、はい(笑)。何じゃそれ。仕事のことです。一日に三つ。原稿と取材とライブ。昔はこれを一日に出来たんですよ。
でも、もう無理だなあというのを今年になって切々と実感してます。原稿を書いたら、取材は出来ない。取材をしたらライブへは行けない。よくて二つ。最近は一日にどれか一つという日も少なくないんですよ。以前は、午前中に原稿を書いて、午後にインタビューしして夜はライブ、という離れ業(というほどのこともないか)が出来たんですけどねえ。
今日なんて一日片付けでした。”お”をつけると小学生みたいになりますね。校庭で遊んでいると教室の窓から女の子たちが「一年三組、お片付け~」とか呼んでいる感じかな。僕のウチは教室じゃないですけど(笑)。まあ、色んな紙くずが散乱しているところは似ているか。いや、今時そんな教室ないか。まあ、この際どっちでも良いですけど(笑)。
早めに片付けをして、ライブに行こうと思っていたんですが、足の踏み場もなくなってしまってにっちもさっちも行かずに、出かけられなくなってしまいました。行きたいライブがいくつもあったんですけどね。片付けとライブという二本立ても無理な一日だったわけです。
片付けと言ってもCDの整理が大半ですね。もう聞かないCDとか紙資料をわけて、CDは、レコード協会というところに送り返すんですね。サンプル盤が大量に貸しレコード屋や中古盤屋に出回っていたということが問題になってから、そういう仕組みが出来上がってます。
これが時間がかかるわけです。どんなCDでも、誰もが真剣に作っているわけで、要らないと決めつけることに多少の後ろめたさもあるわけですよ。そうやってどんどん溜まってゆくという生活をずっとやっているわけで、さすがに定期的に思い切らないと生活スペースがなくなります。
しゃがんでいると腰も痛くなりますしね。何がエッチの方じゃないですよ、だよね。腰痛なのに(笑)。まだまだかかりそうです。幸い、と言って良いか分かりませんけど、4月に毎日新聞の岩谷時子さんを書いた連載が終わって、少し時間が出来たんで、まとめてやってしまおうと思います。
連載が一本終わっただけで、かなり余裕も出来るんですね。去年は、新聞の週一連載が三本あったんだから、まあ、忙しかったわけです。そんな折りにも去年という年がいかに激動だったかを再認識させられます。
以前は、アナログ盤もありましたからね。今は、トランクルームという貸倉庫を借りていて、そこに入れてあるんですが、何が入っているのかも覚えてない状態なんですよ。宝の持ち腐れというのは、こういうことを言うのかもしれません。
サンプル盤というのは発売前に、放送で使ったり、雑誌の原稿を書くために作られるものなんですが、前はカセットテープというのもありました。CDになる前ですから、テープの状態で聞くわけですね。それは孤児院に送ってました。今はテープ自体が殆どないですけど、溜まるとそこに送ってます。
もうかなりになりますね。浜田さんのツアー「ON THE ROAD90」の時にその場所を知ったんで、17,8年前ですね。その辺のいきさつは「ON THE ROAD AGAIN」とう本に出てきます。宮崎県の孤児院ですね。
その孤児院は、大正時代だったかな、古くからある場所で、日本の福祉の父と呼ばれた人が始めたものです。当時は、貧困や飢えで路頭に迷っている子供達を集めていたのですが、戦後は戦災孤児の救済に使われて、今は、家庭崩壊で行き場を失った子供が多いです。
浜田さんのツアーで偶然、そこの保母さんと話す機会があって知りました。一回しか行ったことがないんですけど、その時の様子は今も胸に残っています。「ON THE ROAD AGAIN」、もう手に入らないのかもしれませんけど、もし機会があれば是非。
あそこの子達は母の日にはどうしているんだろうな。思い出した。昔、お母さんのいない子は白いカーネーションをつけろと言われましたよね。考えてみれば残酷なことをさせたもんですね。そんなにたいそうなことと思われなかったのかな。ウチは片親ですと看板をかけさせられたようなものですよね。
ということで、今日の一曲。浜田省吾さん「悲しみは雪のように」。ツアー中にお母さんが倒れた時に作った曲ですよね、確か。今日、神奈川県民ホールだったんですよねえ。きっと素晴らしいコンサートだったことでしょう。じゃ、お休みなさい。