そうなんですよねえ。昨日まで忘れてました。というか、毎年、そんなに気にしていなかったんですよ。何となく他人事、という感じでした。何だろうな、気恥ずかしいというのかな。昔の男、というほどに年寄りじゃないですけど、いや、やっぱり年寄りか(笑)。照れ、があったんでしょう。
今日放送でも言いましたけど、「J-POPマガジン」のオンエア前に、そういう話しになったんですよ。誰かが何気なく「明日、母の日」ですよ、って口にしたら、デイレクターが、「あ、俺、花送りましたよ」とさりげなく言ったわけです。
こういう言い方をすると何ですが、思いがけなかったわけです。彼は、英語もペラペラだし、洗練された優秀なデイレクターではあるんですけど、僕とは比較にならないくらいにお酒のみだし、いわゆる優等生でもないわけで、にも関わらず、全く自然体で口にしたそんなセリフが結構、決まっていたんですよ。
身近にそういう人がいないと、なかなかリアリテイが持てないのかもしれません。そうか、俺、そんなこと一度もしたことないな、と、いきなり我が身を振り返ってしまったわけです。影響されやすいわけっすね(笑)。
で、帰りに花屋さんに寄って、カーネーションの鉢植えを二つ買って、カミサンの実家と僕の方に送りましたよ。さすがに遅かったんで、明日は着かないようですけど、送らないよりマシでしょう。でも、ビックリするでしょうね。
僕らの年代って、女の子に花を贈るというのも一大事という年代ですよね。今の若い子はパーテイ慣れしていたりするんで、比較的、軽く出来るんでしょうけど。なかなかそうは行きません。でも、それは改めた方が良いと思いますね。
そう、女の子に花を贈れるか、そして、手をつないで歩けるか。これが、世代を測る物差しと言われた時代がありましたね。自分のことを言えば、手は繋げるんですけど、花はどこか照れくさかった方でしたけど、ちょっとは変われるかもしれません。
母親ブーム、みたいな面もありますよね。「東京タワー」もそういう話しでしょうし。「佐賀のいがいがばあちゃん」とかいう本も売れたんですよね。みんな自分の若い頃の親不孝を懺悔する年代になったんでしょう、人のことは言えませんが(笑)。
先週からかな、重松清さんの「卒業」という文庫本を読んでいて、昨日、読み終えました。彼は、家族を描かせたら、今、天下一品の作家ですけど、「卒業」というのも、そういう連作で、かなり泣きそうになる本でした。どこかいびつな何かを抱えたまま大人になった家族それぞれの卒業。もし、機会があれば、是非。僕は「東京タワー」を読んでみることにします。
今、40代くらいから上の世代のお母さんは昭和という時代をほんとに必死に生きてきた人達でしょう。戦中と戦後、混乱と激動の時代を、身体を張って、僕らを育ててくれたわけで、そのことにやっと感謝できるようになった感じです。
だって、若い頃は「産んでくれなんて頼んだ覚えはない」とか言ったりしたんですからね。ほんとに申し訳なかったです。初めてのカーネーションにも信憑性がないかもしれないね(笑)。というわけで、明日は母の日です。今日の一曲。GLAYの「I’m in Love」かな。昭和という時代を僕らを抱えて走った、というあのフレーズを、全てのお母さんたちに。じゃ、お休みなさい。