うっかりしてました。このことを書いてませんでした。と言っても僕が知ったのも先週だったかな。人づてに聞いたんで詳しいことはよく分からないんですが、ライターでシンガー&ソングライターの下村誠が去年の12月6日に亡くなったと言うんですね。
何でも彼は、近年、長野県の方に住んで音楽をやっていたということで、ライターという感じではなくなっていたと言います。廃屋のような農家を借りて合宿しながらレコーデイングしていた時に、古い電気回路が出火して、彼も巻き込まれたんだそうです。何でも、大切にしていた掛け軸かなにかを取りに戻って、そのまま帰らなかったということであります。
そう言えばずいぶん逢ってないなあと思いました。音楽へのスタンスも違ってきていて、ライブで顔を合わせることも少なくなってましたし。でも、時々、元気かなあと思われる男でした。あの人なっつっこい笑顔は、変わることがなかったですね。
こうやって音楽の周辺で物を書いたりしている人間には二種類あって、一つは自分では出来ないけれど音楽が好きでこうなった、というタイプと、自分もミュージシャンで、活字はその音楽活動の一部、という人ですね。彼は、まさしく後者でした。武蔵美だったかな。
自分でインデイーズのレーベルも持って、新らしいバンドを育成もしてましたし、自分のライブも積極的にやってました。メジャーなミュージシャンとの親交も広く、インタビューした相手を自分のアルバムにゲストで呼んだりというちゃっかりしたところもありました(笑)。
一番接点があったのは「シンプジャーナル」があった頃かな。甲斐バンドや佐野元春、尾崎豊、浜田省吾、ブルーハーツと言った人達は、一緒に書いたりすることもありました。そういう意味では同志的な時期もあったわけです。共著で出した本もありました。
ジョンレノンに心酔していて、そういう人生観の曲を書いてました。彼のホームーページに行ってみたら、最近の作品が載ってました。歌わずに居られない、という心情が伝わるタイトルが並んでました。彼も子供がいて一時はクレーマー・クレーマーみたいに自分で育ててましたね。そういう共通項が近しくしていたのかもしれません。彼の子供はどうしているんだろう。
でもなあ、死んじゃうだもんな。あっけないね。まだ50代なるかならないかなのにね。普段顔を合わせなくても、やっぱり、居なくなるというのは変な感覚ですね。80年代に、こすぎじゅんいちという評論家が亡くなった時もそう思いましたけど。
ここにいるということ。こうやって呼吸をして誰かとやりとりしていること。それがいきなり途絶えてしまうということ。残された人にとって、というより、自分がいきなりそうなるということがどういうことなのか想像出来ないのは、僕が健康だからでしょうか。
誰もがいつか、そうなるということは分かっていても、いきなりそういう知らせを聞くと動揺します。だから心おきなく過ごそうとか、思い残すことのないように生きようとか。そんな風にすっきりと整理も出来ません。と言って、どうして良いか分からなくなるというほど落ち込みもしません。
これは何なんでしょうね。下村誠という男がいた。同じような世界で同じような仕事をし、あるところからまた縁遠くなっていった。でも、彼が考えていたことは、分かる気がする。そういう意味では、他人ではない気もします。
彼を知らない人も多いでしょうね。でも、そういう男がいたんです。また一人、知り合いが先立ってゆきました。合掌です。安らかに。今日最後の曲は、彼の曲にしたいんですが、アルバムが手元にないです。
ライターとしての代表作は佐野元春の「路上のイノセント」でした。佐野元春の曲を。「ロックンロールナイト」を捧げます。同じ夜明けを迎えた男でした。全てのギブ&テークのゲームにさよならは出来たんでしょうか。彼は、自分が求めていたところにたどり着けたんでしょうか。じゃ、お休みなさい。