すみませんね、書くに事欠いて、こんな話しで。こういうのも下ネタと言うのかな(笑)。下ネタと言えば、っていきなり話しが飛びましたが。以前シーモネーターという名前で活動していたのが紅白歌合戦にも出たシーモです。名前を変えて成功した典型的な例になりましたね。
だってシーモネターの頃には、上半身裸で、というより、下半身も腰につけた天狗のお面だけというあられもない格好でしたからDJ・オズマの比じゃなかったですし、あのままじゃ、紅白どころろかテレビからもお声はかからなかったでしょうね。その頃に何度か取材したことがありましたけど、本人の頭の回転やセンスの良さを感じさせていただけに、そういう面ばかりがクローズアップされて、ちょっぴり可哀想にも思ったりしてました。ま、捨てる神あれば拾う神ありということになって、良かったなと思います。
何の話しだっけ、そう下ネタだ。じゃなくて、股引だ。今はタイツというんですね。何を隠そう、履いてますよ。軽井沢にも履いてゆきました。若い頃は、こんな話しをするようになるとは思っても見ませんでしたけどね。だって、暖かいんだもん(笑)。
そう、字で書くと”股引”、なんですね。ずっと”ももしき”だと思ってました。東京だと”ひ”が”し”になまるんで、そう聞こえていたのかもしれません。百人一首の”ももしきや 古き軒端のしのぶにも なおあまりある むかしなりけり”という句がありますよね。子供の頃からきっとあれとごっちゃになっていたんでしょう。
意味は全然違いますね。百人一首の方の”ももしき”というのは多くの石で出来た城、のことなんだそうです。今、調べて知りました。今まではあの歌をなんだと思っていたんでしょうね。子供の頃は、軒端に古い股引がぶら下がっているという情景を思い浮かべていたんですよ、ほんとうに。お恥ずかしい(笑)。
股引というのは、元々下着じゃなくて、お祭りの時や、職人さんが履くパッチのことなんですね。それが、いつのまにか年寄りがはく防寒用の下着ということに変わっていったということなんでしょう。下着じゃないということは、それで外出しても構わない、正装だったことになりますね。
そう言えば、これも昔テレビで見た大宮デン助さんという浅草の芸人さんはいつも股引姿だった気がします。薄くなった、というより殆ど毛のなくなった頭を揺らしながら、股引で胴巻きという格好で歩いてました。
そう言えば、何で、年寄りは、歩くときに頭が揺れるんだろう。あれは首の筋肉が弱って支えられなくなるからなのかな。薬屋さんの店先にある佐藤製薬の人形とか、不二家のペコちゃん人形が頭を触ると揺れるのは、そういうことと関係があるのかな。どうなんでしょう、というよりどうでもいい話になってますね(笑)。
そういう由緒ある(?)股引がダサイおじさんの履くものになってしまったのはいつ頃からなんでしょうね。ジーパンが若者の象徴として広まってからかな。ジーンズの下に股引は合わないですからね。そうか、細身のズボンがはやり初めてからか。ということは50年代のマンボズボンあたりからということになりますね。
やっぱり、西洋化が伝統的な和式の正装を駆逐した、ということなんでしょうか。「やだあ、お父さん、股引履いてるう」とか言われる筋合いはないんですよね。と言いつつ、自分の中にどうにも無理も感じております。どう言い訳しようと、年を取って寒がりになったということは否めないわけですからね、はい。だって、暖かいんだもん(笑)。
というわけで、成人式にふさわしい話しでしたね(笑)。じゃ、今日最後の曲。”元下ネタ”です。シーモで「また逢いましょう」。紅白で歌った曲です。じゃ、お休みなさい。寝るときは股引は脱いでますよ、もちろん(笑)。