あえて”さん”づけにしました。別に親しかったわけでもないですし、それどころか逢ったこともないです。でも、そういう感じなんですよね。僕らの10代の記憶にはちゃんと存在している人ですし、テレビという媒体に興味を持たせてくれたのも、彼だったと言って良いでしょう。
青島さんの名前を知ったのはもちろん「大人の漫画」ですよ。学校から帰ってくるとやっていた気がします。生放送の帯番組だったんですよね。”青島ダあ”を高校の時に、みんなで真似しましたからね。”青島ダあ”と”谷ダあ”と”ガチョン””お呼びでない”だけで会話が成立していたんですから、恐ろしい(笑)。
放送作家という職業があるのを知ったのも彼を通してでしょう。そういう意味の功績は大きかったと思いますね。放送作家から本物の作家、あるいは政治家。使い捨てになってはいけないということを教えてくれたのも彼だった気がします。市民的な自由と江戸っ子の自尊心、そして大阪の笑いとは違う風刺的笑い、というんでしょうか。
60年代ポップカルチャーの立役者で残ったのは永六輔さんということになりましたね。永さんはお酒を飲まれませんからね。そういう人の方が長生きするのかな、駄目ですね、僕は(笑)。その辺はもう諦めてますけど。
色んな方がなくなります。訃報ばっかりですね。これは落日の国を象徴しているんだろうか、と思ったんですけど、いや、待てよと思ってます。そうやって去ってゆく先達たちを追悼してあげられるのは、社会の成熟の証でもあるんじゃないかって。そうやって一時代を築いた人達が人知れずひっそりと死んでゆくのも寂しいんじゃないでしょうか。戦火の陰で、とか、嫌ですよ。
そんなわけで追悼・青島幸男さんでした。今日は、クロマニヨンズの渋谷AXでした。ヒロトとマーシーの新バンドですけど、面白かったですよ。「我々はただ、ロックンロールをやるためにここに来た」と言ってました。50年代のロックンロールと、それこそ人を食ったような反骨っぽさ。そうか、青島さんもロックだったんだな、と改めて。
ということで、今日最後の曲は、青島幸男かクロマニヨンズか。やっぱり年上を尊重して青島さんかな。クレージーキャッツの「これが男の生きる道」。高校生の時、妙に人生っぽくで好きでした。”帰りに買った福神漬けで、一人さみしく冷や飯食えば、古い虫歯がまたまたうずく”わけですよ。古い入れ歯じゃないんだね(笑)。じゃ、お休みなさい。
と一旦は終えてから追加です。最近、”編集”という技(というほどのことでもないですけど)を覚えたんで。誤字脱字が減ったでしょ(笑)。
明日、高松で浜田省吾氏を見ます。やっとですよ。「apbank」「SWING ADDICTION」「つま恋」と続いた今年の唯一と言って良い心残りが30周年のツアーを見てないことでした。明日、心おきなく見てきます。きっと、明日はお休みでしょう。かなり飲んだりするでしょうから。
改めてお休みなさい。