昨日の放送中から、何だか気管支がスースーするなあと思って嫌な予感がしていたんですが、夜になって寒気がして、身体の筋肉が痛くなったんで、風邪薬を飲んで寝ました。今週は 木曜日がBAYFMの深夜ですし、あんまり無理が出来ないんで、今日は大事を取って夕方まで横になってました。どうやら食い止めた感じですが、諸々一日ずれ込んでしまいました。
元々気管支がそんなに強い方じゃないんですよ。喘息とか、そういう病気はないんですが、炎症は起こしやすいんでうがいは欠かせません。喉の奥までうがい薬ともども入れて吐き出すという方法で、かなり効果があると思ってます。
小学校の一年生の時、肺の病気で半年ほど学校を休んでいたこともあって、呼吸器に関しては神経質にならざるを得ない面もあります。と言っても、そんな風に思うようになったのはこの10年くらいですけど。20代はヘビースモーカーでしたしね。
そうだ、15年前に肺炎になったことがありました。浜田省吾さんのツアーに同行した「オン・ザ・ロード・アゲイン」という本を書いた時です。丸々ワンツアー、スタッフと一緒に全国48都道府県を回って、そのことを書いたんですが、最後の原稿を書き終えた日でした。
日にち、覚えてますね。90年の8月20日じゃなかったかな。何で覚えているかというと、その日、サザンの西武球場のライブだったんですよ。最後の原稿を書き終えて、「終わった!」という開放感で西武球場に行って、缶ビールを飲んだら、あれ、変だぞ、と思いました。
妙な咳が出ていて、ビールがうまくない。翌日、医者に行ってレントゲンを取ったら肺に陰がありました。「最悪の時」は、と医者に言われて、入院検査をしました。肺の内視鏡ですよ。気持ち悪かったな。肺の中を洗浄するというんでゴボゴボと水が流し込まれるのが分かるんです。
陰の部分の細胞を切り取って検査して幸い、何ともなかったんですが、あの時は、目の前が真っ暗になりました。「最悪」が何を意味するかは分かりますからね。それだけに拓郎さんの病気はショックだったりしましたが。
まあ、そういうことをふっと思い出したりするんで、慎重になったりもするんですけど。それと、ウチはどんなに掃除しても猫の毛が多いんで、気管支には良くないんですよね。分かってはいるんですけど、だからって猫のいない生活も考えられませんし。こまめにうがいするしかない感じです。
そんなわけで、今日かくつもりの原稿は飛んでしまって、明日からへしわ寄せになります。明日は拓郎さんのツアーの初日ですし。楽しみです。でも、一ヶ月経ったんですよ。早いのか遅いのか。妙なブランクでした。まだ時折エアポケットに入るような瞬間があるんですよ。「つま恋症候群」なんでしょうね。
ということで、今日、最後の曲です。今週は今井美樹さんのインタビューもあります。彼女の新しいアルバムを聴いてました。その中で、昔かまやつさんのアルバムに入っていた曲をカバーしてました。その原曲をご存じない方の方が多いでしょうけど。かまやつさんで「20才のころ」。じゃ、お休みなさい。