そうなんですよ。僕もいい加減ですから、日本時間12日と書いてしまいましたけど、全然違いますよ。日本時間は11日の夜でした。そのことを書こうと思ってたら、昨日のコメントでご指摘がありました。そう、起きたの日本時間11日の夜です。
でも、あのニュースをいつ最初に見たかという記憶があんまりないんですよ。何でかなあ。GLAYのメンバーが、ワゴン車の中のテレビで見た、というような話を後で聞いたのは覚えてるんですけど、自分で見たのがいつだったかかが希薄です。いい加減ですよねえ。あの日のことは鮮明に覚えているとか書いておきながら(笑)。ほんとに口先で生きてますね、失礼しました。
そう昨日のコメントのご指摘のとおり、12日が自分の誕生日だったんで、そっちの方が印象が強いんですよね。昨日も書きましたけど、その日、医科歯科大の講義がありました。教養部の「芸術」です。選択コースです。夜、ニュースを見ながら睡眠不足だったのかな。朝から精神的におかしくて、自律神経失調症的な状態で、市川キャンパスに言ったのを覚えてます。
何が起きて居るんだろう、という感じだったんでしょうね。その日、誰の話をしたのかな、そこは曖昧になってますけど、「今日からみんなは20世紀と全く違う時間を生きることになるんだと思う」という話をしたのは覚えてます。20世紀が経験してきた”戦争と革命”という対立軸とは全く違う次元の価値観の対立が始まった、という気がしたんですね。
ニューヨークは大好きな街でした。80年代には「六本木より詳しいマンハッタン」というのを勝手に吹聴していた時期もありました。プライベートな話ですけど、離婚した前妻が住んでいたということもあります。というより、ニューヨークに行くということがそうしたきっかけになったということでもありました。その辺の話は控えますが(笑)。
甲斐バンドのニューヨーク三部作のレコーデイングや、拓郎・陽水・小室等の「ニューヨーク24時間漂流コンサート」というのもありました。40才の誕生日は中村あゆみさんのニューヨーク録音の取材で、ジョンレノンの「ダブルファンタジー」を録音したスタジオにいました。
ちょうど甲斐よしひろさんや中島みゆきさん、そうだ、尾崎君もニューヨークにいた時で、それぞれ会ったりもしてました。2001年の春にはGLAYのニューヨーク録音にも付き合ってましたしね。そんな大好きな街が破壊されたというショックも大きかったです。アメリカが世界中から好かれる時代の終焉にも見えたんですね。
アメリカはどうなるんだろうというのもありました。元々ブッシュはアメリカの暗部だと思ってましたからね。保守的で硬直したアメリカの象徴でしたし。大統領選挙もフロリダ(でしたっけ)の不正投票で当選したと思ってましたから。もし、大統領が彼じゃなかったら、こんなことにはならなかったんじゃないかとも思いました。
でも、あれから世界は変わりましたよね。もちろん日本も。寛容さを失い、偏狭になり、よりイデオロギー的になった。イラク戦争というのは結局何だったんだろう。憎しみと殺戮の悪循環を生んだだけじゃないんだろうか。
話がややこしくなりそうなので止めますが、平和な世の中で人を一人殺せば殺人で、戦争で国のために100人殺せば英雄という、この矛盾を正当化出来るイデオロギーは存在しないと思ってます。対テロ戦争では貧困も飢餓も解決しないということだけは明白じゃないでしょうか。
何だか力んでしまいましたね。誕生日なのに(苦笑)。後何十年も生きられないんでしょうけど、日本が戦争する日が来ることだけは避けたいですよね。今日、最後の曲です。誕生日だからなあ、あんまりメッセージソングはやめたいな。そうだ、同い年の拓郎さんの曲にしますね「いくつになってもHAPPY BIRTHDAY TO YOU」。みなさんに送ります。じゃ、お休みなさい。