無事に終わりました。7年ぶりのコンサート。13日の名古屋と25日の大阪だけでしたけど、それぞれになぜここだったのかという背景がある。拓郎さんらしいけじめのつけ方だったんじゃないでしょうか。
名古屋は前回、2019年のツアーで一番良かったと言っていた会場。大阪は2009年の「最後の全国ツアー」の時にリハーサルまでやって体調不良で中止せざるを得なかった会場。その後のツアーが全部なくなってしまうという因縁の場所。
ラジオでも「やり残したことがある」と言い続けてましたからね。去年、坂崎さんの「お台場フォーク村」に出た時に6時間歌えた。これならということで17年ぶりのリベンジを試みた。大阪自体は20年ぶりでした。
と言っても80ですからね。7年ブランクがある。思い出したくないような終わり方というトラウマも残っている。もし記憶のフラッシュバックのような状態になった時の精神状態というのは本人にも予測がつかないでしょうし。
ともかく無事に終わることをと誰もが願っていた。名古屋も大阪もイベンターの社長さんが影アナと呼ばれる開演のコメントを担当してましたからね。そういう人たちの熱意と情熱が成功させたコンサートと言ってもいいのではないでしょうか。
それにしても予想を遥に凌ぐ熱演でした。演奏時間約2時間半。拓郎さんは立ちっぱなし、ギターを弾いてるか歌ってるか。歌いながらステップしたりもする。大阪のアンコールには小走りで登場してました。
選曲も見事でした。誰もが驚いたのが一曲目のメドレー。「春だったね」「ペニイレインでバーボン」「虹の魚」に「君去りし後」もフィーチャーされている。17分近くありました。武部さん率いるバンドはホーンやコーラスも入った11人編成。
分厚くで華麗。ファンキーでソウルフル。「フォークの拓郎」と呼ばれていた70年代の名曲を立て続け。こんなに飛ばして大丈夫かをはらはらするほどでした。そういうメドレーになった曲も含めると24曲。音楽人生そのもののような選曲でした。
これだけはやっておきたかった。そう思わせたのがアマチャア時代に組んでいたバンド、ダウンタウンズでやっていた洋楽のR&Bメドレー。「HOLD ON I’m COMING」や「STAND BY ME」など4曲。「フォークの拓郎」を一掃してました。
ギターはテレキャスターとストラトキャスター。特にテレキャスターを持ったシルエットがあんなにかっこいい人はいないでしょう。曲のエンデイングでメンバーの方を向いて腰を落としてギターをつきあげるアクションは全く変わりませんでした。
名古屋と大阪のセットリストは同じでしたけど、MCは違いましたね。名古屋で「こういう80歳を目指してもらいたい」と言ったんですよ。彼がどんな姿を見せようと臨んだコンサートなのかが伺えました。
70年の広島フォーク村のアルバムのタイトルは「イメージの詩」の中の一節「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」。「80」はいやでも「古い水夫」なわけですけど、そういう「古い80」ではなかったです。
いつの時代も「新しい水夫」として時代を生き続けてきた。それもどこにも属さないインデペンデントな存在として生きてきた。今もそういう存在であり続けていることを証明したステージでした。
アンコールの最後は「ガンバラナイけどいいでしょう」。ずっと「私なり」であり続けてきた。これからもそうやって生きていくのでしょう。80歳の「今日までそして明日から」を見た気がしました。
そんなことをスポーツ新聞に書きました。こんな感じです。
ttps://www.sanspo.com/article/20260428-FKIBKAUQAZO3TM45OC3FRMCYUM/
というわけで、選曲の中で一番新しいアルバム[Ah!面白かった」の中の「コントラスト」を。自分の音楽人生を「一本の道」に託している歌です。じゃ、お休みなさい。