新作アルバム「Saturday in the park」を携えたツアーの横浜アリーナ公演の二日目。まだツアーが始まったばかりですから内容には触れませんけど良かったですねえ。風格、落ち着き、懐の深さや気遣い。見事でした。
前回の「miss you」が前例がないくらいに内省的で求心的、ポップアートと純粋アートがミックスされた実験的なステージでしたからね。アルバムもステージでのパフォーマンスを度外視して作られている印象でした。
アルバムを聴きながらどうやってステージ化するんだろうと思ったりしてました。今回の「Saturday in the park」には、そういう感じはありませんでした。一曲目からステージを意識している。客席とが想定されてるように思えました。
とは言え「miss you」の後ですし30周年ツアーもありました。それでいて「重力と呼吸」のようなバンドの力強さと客席との重量級の一体感を求めているという感じでもない。どういうライブになるのだろうと思いながら会場に向かいました。
やっぱりミスチルでした。そんな誰もが思い浮かべるようなステージではなかったです。明らかに違ったものがあると思いました。そう感じてからずっと何が違うんだろうと思いながら聴いていて浮かんだのが「背中」と「公園」でした。
何のことか分からなくていいんです(笑)。中にはあ、と思って頂ける方もいらっしゃるかもしれませんが「歌」なんです。それも桜井さんの「歌」というだけじゃない。バンドの演奏や「音」、客席への届き方が全部「歌」になってると思いました。
「miss you」もそうでしたけど「バンド」という形態では語れない。バンドの編成とか楽器の種類とか全員のアンサンブルという次元じゃない。今まで意識したことのない「届き方」を求めている。それが包容力や説得力になってる。
もうずいぶん前から、桜井さんは今、日本語で歌っているアーテイストの中でも「音声表現」「言語表現」の丁寧さでは屈指の歌い手だと思ってますけど、そこにもう一つ何かが加わった。それが「音」と一体になってる。
「公園」ですよ。屋根のない空間。年齢も性別も生活環境も違う人たちが憩いや安息を求めて集まって来る。そういう空間だから作れる「歌」。「音楽」というほどかしこまってない。公園の鳩のような歌、公園の管理人さんのような歌は変か(笑)。
「背中」はライブをご覧になればお分かりになると思います。僕もそういうことだったのか、と思いました。実は今回のアルバムは聴いた時今までと違う感覚があったんです。アルバムのせいじゃないですよ。自分の問題です。
それはもう年齢です。どこか取り残されたような寂しさみたいなものもある。「老境」ということですけど(笑)。でも、ライブはそうじゃなかったです。安らぎました。「miss you」の時に「ライブで完成するアルバム」と思いましたけど、今回はもっとそういう気もしました。
ライブで更に良さが感じられる。「公園」は外から見るのではなくベンチに座ってボーとしてないと「居心地」は分かりません。大人という言葉も手あかがついてますけど、その証しのようなライブ。素敵な空間でした。
というわけで素敵なツアーが始まりました。明日は拓郎さんの名古屋。80歳の拓郎さんを確かめに行きます。曲ですね。「ウスバカゲロウ」を。じゃ、お休みなさい。