さっきまで駅前のスタバにいたのですが、規定時間ぎりぎりまで候補者の悲壮感に溢れた演説が続いてました。泣き出しそうなくらいの必死さは胸を打ちました。この一週間、まさかの情勢報道のさ中でしたからね。
思いもしなかった当落予想に呆気に取られて茫然としていたのは僕も同じです。何でこうなるんだろうと思っていて浮かんだのが「イメージの詩」でした。拓郎さんのラジオがあったからかもしれませんが、あの有名な一行ですよ。
「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」。あの歌の中の「古い水夫」と「新しい水夫」。何が新しくて何が古いのか。その対立構造が激変してる。拓郎さんを筆頭に「新しい水夫」であろうとしていた人たちが80になろうとしている。
あの元気さはやっぱりそれまでの80とは違う姿ではあるんでしょうけど、客観的に「古い」「新しい」という分け方ではどうやっても「古い」方に入ってしまうし、そうみられてしまうのはやむを得ない。それは「年齢」以外の何ものでもない。
何でこんなことを書いてるかというと、今の高市政権を支持しているのが圧倒的に20代、30。年齢で言えば「新しい」人たち。僕らから見ればあの政権や彼女がやろうとしていることは決して新しいとは言えない。むしろ、古いことの方が多い。
でも、「一番古い」ことが「一番新しい」ことに見えたりするというのは流行という現象の常です。特に世の中が停滞していたり閉鎖的な空気の時はそういう「みんなが言わないようなこと」を口にする人たちが新しく見えたりする。
かって「30以上は信じるな」というスローガンがありました。世代間闘争と呼ばれた時代。今がそうなんじゃないかと思った。何かを「守ろう」と言ってる人たちはみんな「古い」方に入れられてしまう。
小泉元総理が「改革派」と「守旧派」にレッテルを貼って大勝した時みたいなものでしょう。新しく政党が出来たとしても「古い」と思われたら見捨てられてしまう。それがこの情勢分析に現れれるんだとしか思えなかった。
こんなに馬鹿げた、虚しい選挙はないんじゃないかなと思った。だって与党と野党が同じスローガンをかかげている。ほんとにそう思うんだったら、選挙じゃなく「物価高解消・消費税減税のための緊急国会」を開いて実現に向かえばいい。
分かりにくくしてるのはメデイアが「財源どうする」の一点張りということもありますよ。「やってみよう」がない。だからオールドメデイアと呼ばれるわけで。「新しい」と「古い」の違いが見えない。攻撃的で勇ましい方が「新しく」見える。
みゆきさんの「宙船」に「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールをまかせるな」という歌詞がありますけど、今の「新しい水夫」は、あの歌詞をどう思うんでしょうね。自分が「消える側」だとは思わないんでしょうね。
いずれにしても明日、悪夢のような結果にならないことを願うばかりです。というわけで、曲ですね。「イメージの詩」と「宙船」を続けて。じゃ、お休みなさい。