久米宏さん、なくなりましたね。81歳。僕と2つしか違わない。お会いしたこともありません。TBSの社内でお見かけしたくらいかな。でも、TBSで一番お世話になったラジオのプロデユーサーが久米さんの名物番組「土曜ワイド」を立ち上げた人で色々話は聞いてました。
僕は当時は放送作家ですけど、あの饒舌で明快なしゃべり方は際立ってました。テレビのアナウンサーには絶対にできない機転の利いた口調は、まさしくこれがラジオだよね、というお手本.羨望の的でした。あれはテレビに行ってから余計磨きがかかった感じでした。
引退してから表に出てこなくなってニュージーランドに移住したという噂もありましたよね。見事な引き際だなあと思って、それもすごいなあという羨望の対象でした。でも、音楽のことでは、という的外れなプライドはありましたけど。
「ベストテン」には負けたくない、みたいな妙な対抗心。こっちは「テレビに出ない人たちと仕事してるんだからね」みたいな自己満足。なつかしいものがありますね。で、さっき「報道ステーション」が最後の久米さん司会の最後の放送を流してました。
「民間放送ができたのは戦後だから戦争は知らないんです」。いい言葉だなと思いました。新聞はもとよりNHKは戦前も戦中もありましたからね。戦争の空気を煽るお先棒を担いだ。でも、民放にはそういう「黒歴史」はない。そうなんですよね、
「テレビには何ができるか」という議論とかね。もはや過去のことのようですし。去年からの空気は戦争に向かってまっしぐらみたいな感じもしますし。特に戦争を知らない世代にそういう気配もあります。久米さんはどう思ってたんだろうなと思いました。
まあ、僕らもそのうちいなくなるわけで、今の若い人たちがそうしたいなら、すればいいよみたいな諦め気分もあるわけですが、と書いていや、待てよということでこの話しはここまで、久米さんもみのさんもいなくなりました。
ラジオ黄金時代を支えたアナウンサーは落合恵子さんくらいかな。落合さん元気なのかな。「セイ!ヤング」の生き残りとして元気なうちに会っておきたいな、と思ったりしてます。ともあれ久米さんのご冥福を祈ります。
明日は佐野元春さんのインタビュー。FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」の1月後半の二週。「HAYABUSA JETⅡ」について本人が語ってくれます。というわけで曲です。「ザ・ベストテン」で思い出した曲。アリスの「チャンピオン」を。じゃ、お休みなさい。