知ったのは一昨日の夜ですね。SNSで知りました。浅川マキさんやリリイ、下田逸郎さん、桑名正博さんらを世に送り出した伝説のプロデユーサー。1938年生れ。87歳。晩年は画家として個展をやったり、不屈の、という感じがしてました。
僕らより一世代上。彼は東京の月島生まれで東京大空襲を記憶している。生まれも8月6日。疎開先の島根で広島の原爆投下も間接的に経験している。一昨年かな。久米川というところのライブ喫茶で「戦争を語る」というトークイベントを聴きに行ったことがありました。
江戸っ子の気風の良さを持ち合わせたさっぱりした気性。話し出すと止まらないブルトーザーみたいな熱弁の説得力。自分の思うことははっきり言う裏表のなさ。こういう年の取り方をしたいなと思える数少ない人でした。
でも、彼が一番行動的だった70年代、80年代には雲の上とは言いませんけど、取材の現場に来るような人じゃなかったですからね。かっこいい人だなあと見ている感じで、話すようになったのはほんとにこの10数年でした。
そういう人と話す機会がほしい、そういう時代を作った実績がありながらあまり表に出てこない人のことを残したいというのがFM COCOLOの「J-POP LEGEND FORUM」を始めた大きな理由でしたからね。あの番組で何度も来て頂きました。
自分がほれ込んだ才能にはとことん付き合う。浅川マキさんがその最たる例。なくなってからも彼女のことを語り継ぎ関連した作品を作り続け、新しい聴き手を獲得してきた。マキさんもリリイも海外で新しい評価を得たのは一重に彼の功績でしょう。
これから誰が浅川マキさんのことを語るんだろうと思ったりします。こういう不安的に危うく閉塞している重苦しい時代だからこそ必要なアーテイストでしょうからね。それにしても、僕より八つも上なのになくなると思えない人でした。
この人はずっとこうして精力的に生きていかれるんだろうなと思ってしまう。そんなことありえないですね。やっぱりいつかはそういう日が来る。そのことを淡々と受け止めるしかない。そんな知らせになりました。
今年の夏は異常な暑さでしたからね。何とか持ちこたえていた人が力尽きる。そんな訃報が増えそうです。また一人、あんな風に歩いていきたいと思わせる姿が見えなくなりました。合掌です。曲ですね。浅川マキさん「それはスポットライトじゃない」を。じゃ、お休みなさい。