昨日行われました。2023年の7月7日になくなったPANTAさんを偲ぶ三回忌コンサート。縁の人達が生前を思い出しながら多彩なパフォーマンスを繰り広げました。うじきつよしさん、アナーキーの仲野しげるさんのバンド、女優の渡辺エリさんとかね。
思いがけなかった野宮真貴さんとか。彼女のデビューアルバムにPANTAさんが書いた曲があってそれを初めて歌ったり。貴重だったのは生前、なくなる直前まで詞を書いていた鈴木慶一さんとのユニット、TKOの曲を慶一さんが歌ったり。
7月16日に残された音源を生かして慶一さんがひとりで作り上げたフルアルバムが昨日、会場で先行発売されていたということもありました。僕ももうすぐあのアルバムについて慶一さんのインタビューがあります。
中には思いがけなかった人もいました。PANTAさんのお母様が載っていた病院船・氷川丸のことを「小説宝石」で連載している作家の伊東潤さんの挨拶があったり、息子さんが所属している和太鼓の集団が頭脳警察と共演したりね。
まだ色んな切り口や発見があるんだと思わせてくれる三回忌でした。そんなステージをぼーっと見ながら改めて彼のことを考えてました。ウクライナの戦争が始まったのが2022年2月。でも、ここまでひどくなるとは思えなかった時期でした。
PANTAがいなくなってからの世界。ウクライナも先が見えないし、イスラエルがあんなに強硬に周囲に戦争を仕掛けるまでも至ってなかったですし、アメリカが民主主義をかなぐり捨てて王様の国になるなんて思いもしなかったでしょう。
大国が軍事力で国境線を無視して領土を奪うとか、国の大小に問わず強大な力を背景にして自分たちの正義を正当化するとか、家や故郷を失ったり捨てざるをえなかった人たちが排斥されてイスラエルを批判しただけで処罰されるとか。
アメリカだか中国だか分からなくなってる。彼が忌み嫌った、憎んでいたことばかりがまかり通ってる。PANTAはどっかで見てるのかな。とんでもない世界になっちゃったよとか。独り言のように思ったり。
歌に力がある、とか音楽が世界を変えるとか、夢物語だよなあと思ったり。でもね、歌は生き残ってゆくんです。何の力がなくても、そういう歌があるんだということだけで意味がある。そんなささやかな希望は捨ててません。
というようなことを考えながら渋谷の街を歩いてました。遅いんで軽く何かお腹に入れようと入ったうどん屋さんのチェーンで働いていた店員さんは全員インド・パキスタンあたりの外国人でした。ああいう人がいてくれるいから回ってゆく。
外国人が日本人の仕事を奪ってるんじゃない。そういうことをやる日本人がいなくなってる。というわけでPANTAさん「時代はサーカスの象にのって」を”私たちは戦争と戦争の間にいる”んです。じゃ、おやすみなさい。