いつものスタバ。今。17時15分。さっき通りかかった時には人で溢れてましたけど、今は多少の空席在り。ラッキーでした。2024年、終わりですね。昨日はレコ大、今日は紅白。こんな一年の終わりは初めてかもしれないです。レコ大が関係なくなったことも大きいかな。昨日は丸々お茶の間鑑賞でした。
レコ大の内容に関しては色々思う所がありましたけど今年のシーンが今までと違ったということは出てましたね。少なくとも受賞曲の紹介が再生回数で一貫していた。何億回が当たり前になった。もう僕らの物差しは通用しない。去年からそういう感じがしてたのですが、それが決定的になった。それだけは実感できました。
で、今日は紅白。これも見てしまうでしょうし、見ながらここを書くという感じにはならなでしょうし。終わったら時間も遅い。家にいてもカミさんの邪魔になるだけですから脱出してきました。世の多くの旦那様と同じようにです。この間「生前贈与」だなとと大見えを切ったCDの整理はあのまま。まだ半分も行ってない。
一昨日、朝起きたら喉が痛い。唾を飲もうとすると何かが邪魔してるみたいな違和感がある。何年もそのままになっていた段ボールを開けて首を突っ込んだりしていてハウスダストまみれになったようでアレルギー反応が出たんでしょう。熱がないから風邪じゃない。かなり焦りました。
昨日の夜は咳が激しくて寝付けなかったり。病院が開いてなくて以前もらった薬をひっくり返して自己診断。多少は良くなってる感じ、という大晦日。今年はどんな年だったか、振り返ってみようかなと思ったりしてます。何で駅前のスタバかというと、今年、1月に越したからですね。
駅から歩くと17,8分の戸建てから駅前のマンション。生活一変です。何よりも、朝、ボーっと起きて来て階段から落ちる心配がない。ライブが終わってバスの時間を気にして寒い中を歩く必要がない。乗換案内などでの所要時間に数分足せば家からの時間になる。感覚としてはホテルの喫茶店にいるみたいな感じです。
先を急ごう(笑)。引っ越しで始まった駅前元年。2月にFM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」でPANTAさんの追悼をやったのも僕らの時代の終わりを感じさせました。そういう機会も色々ありました。6月の新宿のロフトプラスワンでロフトの席亭、平野悠さんとのトークイベントも忘れられません。
彼は2歳上で同じ大学。ずっと先輩だと思ってたら二浪で同学年だった。しかも学生運動に深くかかわっていた。僕みたいに周辺ででちょろちょろという甘っちょろい代物じゃなかった。同じデモに参加していて彼は逮捕されて僕は逃げられたということが判明したり。
そんな話をできる人はいなかったですからね、しようとも思わなかった。でも、そういうことを残すのも僕らの役割かなあという気分もあったんです。やっとこういう話が出来たというイベントでした。彼は「1976年の新宿ロフト」という本で「僕は80年代音楽ノート」を出すというタイミングでした。
仕事で言うと今年の一番の出来事はあの本でしょうね。ホーム社の編集の河井さんは元パチパチの編集部。去年、何十年ぶりかにばったり会ったのが藤井徹貫の遺体にさよならを言いにいく日だった。偶然です。徹貫が引き合わせてくれたとしか思えませんでした。
あの本の出版記念イベントが作家の重松清さんとの対談だったことも今年嬉しかったの一つですね。何と17年ぶり。20年位前か。彼が僕の書いたものを読まれていたと知った時に「報われた」と思ったことは忘れません。本についての的確な感想も頂けました。
手帳を見ながらだらだら書いてます。冗長になることをお許しください。7月で忘れられないのは京都ロームシアターと東京のオーチャードホールでの「加藤和彦トリビュートコンサート」のナレーションを依頼されたことでしょうね。参加したミュージシャン、スタッフ、お客さんの気持ちと自分の気持ちを書きました。
原稿ではシンコーミュージックの「B・PASS/ALL AREA」での浜田さんとみゆきさんそれぞれのライブレポートですね。あんなに長い原稿を書かせてくれる雑誌は他にありません。短いものでは共同通信の「90年代ノート」が始まったことですね。昨日も36回の原稿、スタレビ「木蘭の涙」を書きました。
ラジオの話もしないとね。FM NACK5「J-POP TALKIN’」は面白かったです。8月の「THE ALFEE」皮きりの周年アーテイストが続々出て頂けた。50周年のアルフイー、45周年のChageさん、30周年のGLAY、35周年のBEGINと真心ブラザーズ、10周年のGLIM SPANKY、55周年のCHABOさん。
今の新しい流れを追うというよりも自分が関わった人たちのことを残しておきたい。FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」の9月、「大貫妙子とSKYE」もそういう特集でした。で、何と言っても最大の出来事が「拓郎さん登場」でしょうね。アルバム「Radioの夢」のプロモーションでした。
エイベックスの担当の竹林さんから「タケの番組はどうなんだ」と拓郎さんが言ってるんです、と聴いた時には「どういう風の吹きまわしですか」と聞き返しましたからね。もちろん涙が出るほどうれしかったです。それも伝えました。で、11月6日、拓郎さんに会うことになったわけです。
最後に話したのが2013年。11年ぶり。「ALL AREA」の小田さんのツアーレポートもちゃんと書けたなと思った仕事です。やっぱり色んなことがありました。元気でいればこそ、ということをより感じられた一年でした。浜田さんのファンクラブ会報誌を編集していた古矢徹さんがなくなったのを知ったのが10月でした。
浜田さんのツアーの初日、高崎で見た点滴を打ちながら取材する姿が最後。「シンプジャーナル」も遠くなりました。ともかく元気でいましょう。忘れてました。岩波書店のウエブ「たねをまく」で始まった連載「ジブリと音楽」はアニメに対しての意識を根底から変えました。今年はアニメ元年でもありました。
というようなことを思いながらそろそろ19時。帰って紅白を見ようと思います。帰ると言っても信号渡ればすぐです(笑)。2024年、後、5時間。曲ですね。THE YELLOW MONKEYの「復活の日」。吉井さんは癌から復活しました。来年、復活の年にしましょう!皆様、良いお年を!