FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」の7月と8月の特集。「夏休み自由研究」と題してお送りしようと思います。ほんとはもっと長くて「802でもやらない」という冠もつきます。802というのはFM802ですね。
FM COCOLOは802のシニア版の姉妹局という位置づけの放送局なのであえてそういう冠をつけてみました。802は開局35周年、今や関西のメインステーション。少しは違いを出せるかなと思ったのですが、あまり意味はないです(笑)。
で、「サブカル」をやってみようと。いつの時代にもメインの流れとは違うところから新しい音楽、新しい文化が生まれてくる。それが少しづつ受け入れれて大きな流れになる。つまりメインカルチャーになってゆく。
それぞれの時代の「サブカル」をたどってみたらどうなるだろうという特集。今日は一週目、「1950年代」を収録しました。戦後すぐですね。NHKの朝ドラの「ブギウギ」がその頃のことを取り上げていたというのも伏線になってます。
戦時中、「敵国音楽」として禁止されていたジャズやカントリー、シャンソンなどの「西洋音楽」が解禁になってそれまで地下に潜るみたいにひっそりと活動していた作曲家やミュージシャンが一斉に動き始めた。日本を占領していた米軍が「戦前回帰」を思わせる音楽を封じていたことも大きかったです。
50年代の日本のポップス、歌謡曲は明るいんです。その最たるものがブギウギですけど、それだけじゃない。マンボやチャチャチャ、カンツオーネにヨーデル、ハワイアンとオンパレード。「サブカル天国」の様相を呈してました。
その後にロックンロールが上陸、58年、ウエスタンカーニバルが始まって理科ビリーが一世を風靡して「若者文化」が始まってゆくという10年。小児結核で小学校一年を半分お休みしていたという僕の小学校時代に重なります。
その頃は千葉県船橋市の小学校。でも、二年生の時に東京の府中の米軍基地の近くに越したんです。畑越しに基地の金網が見えて、その向こうに星条旗が翻っている。基地の仕事終わりに流れる「星条旗よ永遠なれ」が「お家へお帰り」の合図だった。
日本のポップスは米軍基地の中から始まったと言っていいでしょう。基地の中で歌ったり演奏していた人たちが歌謡曲に入ってきて大きな流れになってゆくわけです。それが「サブカル」でした。というような話が一週目です。
そこから始まって現代までを辿ってみる。そんなことの出来る放送局も番組も多くないです。来週の月曜日が一回目ですからね。ギリギリの収録でした。二週目は60年代。どんなサブカルがあったのか。それは来週の収録。
そうだ。「中島みゆき展・時代2024・めぐるめぐるよ時代は巡る」が7月5日から大阪でも始まります。「グランフロント大阪北館B1Fイベントラボ」というところです。関西在住の方は是非。
「サブカル」と「メインカルチャー」も「めぐりめぐる」わけですが。というわけで曲ですね。こんな曲を自分の番組で流す時が来るとは、です。暁テル子さん「ミネソタの卵売り」。こんな歌がヒットしたのかという典型。じゃ、お休みなさい。