終わりました。90年代を5週で辿ろうという超駆け足特集。収録したのは96年・97年、98年・99年編。一週目から、いやあ、色んなことがあったなあと思いつつでしたけど、この二週は特にそういう印象でした。
個人的なことを差し置言えてもミリオンセラー連発。アルバムも200万枚が300万枚、400万枚、ついに700万枚を超えたという4年間。アーテイスト名で言うと、ユーミン、ドリカム、河村隆一、globe、GLAY、B’z、宇多田ヒカルですね。
とんでもない時代だったなあ、と。今になれば何であんなに売れたのか分からないと言った方がいいくらい。隔世の感。CDというパッケージだったから売れたということもありますね。他に聴く手段がなかった。
と言ってしまうとあまりに「形」の話に過ぎるとも思ってるんですね。90年代の曲には「残る曲」が多い。いい曲があったからそれだけ売れたという側面もある。そこは前向きに振り返った方がいいと思いますね。
というようなこともありつつ、個人的な思い出も沢山つまってる。コンサートを一番沢山見ていたのが90年代でした。年200本という年もありましたね。ツアーも多かったですし、海外の取材もあった。懐かしかったです。
94年、95年のCHAGE&ASKAのアジアツアー、96年のロンドンのMTVアンプラグド出演とか、95年の拓郎さんのバハマレコーデイングやハワイでの50歳のバースデーパーテイとかね。佐野さん絡みののロンドンやロスの取材もあった。
98年にはGLAYの「puresoul」ツアーの同行や氷室さんの「炎の化石」のミュージックビデオ撮影の取材でプラハに行ったり。99年はLUNASEAのアジアツアーやGLAYの20万人もありました。業界にお金があったんでしょうね。僕らも若かったです。
音楽の作り方も変わりましたし、業界に余裕もない。もうあんな時代は来ないでしょう。面白い時代を過ごさせてもらったなあ、と思いながら収録してました。でも、あまりに駆け足であの人も出てこないあの曲も流れない、という感じなんです。
終わったばかりですけど、どっかで続編をやらないとなあ、と思ったりしてます。「私的90年代ノート」ですからね。取材の思い出話ばっかりというのも許されるかなと勝手に思ったり。そんな話をするのもこれが最後でしょう。
というわけで来週の放送は「96年・97年編」です。97年、LUNA SEAが活動休止、ソロになった河村隆一さんのツアーも取材しましたね。その京都の公演を見た帰りに一回目のフジロックに寄ったんだ。
富士天神山スキー場。台風直撃。でも87年の「BEAT CHILD」を経験してますからね。この程度、という感じでした(笑)。お目あてはThe Yellow Monkey。その後がレッチリでした。イエモン、「日本のロック」を背負ってました。
曲ですね。そのステージの最後にやったイエモンの曲を。「悲しきエイジアンボーイ」を。じゃ、お休みなさい。