行われたのは27日ですね。かなり時間が経ってしまいました。もっと早く書こうと思ったのですが、入れなかったんです。いちいち違うパソコンを持ち歩くのもなかなな億劫で結局は入れないPCになってしまって書けませんでした。
でも、今日ショップに行ったんです。そうしたら分かりました、これですね。と指摘してくれたのが画面のサイズ。自分でも気づかないまま多少大きくしてたみたいで「ログイン」の文字が外にはみ出てしまって見えなかったことが分かりました。
もちろんすぐに直りましたけどかなり恥ずかしかったです(笑)。そんなことばっかり。金曜日は仕事場の鍵を忘れて入れずに昨日のライブもキャンセル。その前は手帳を落とした落とさないで大騒ぎ。コンビニの店員さんにも迷惑をかけてしまいました。
今年の秋は体調も不安定だし精神的にも落ち着かない。先が思いやられますが、米津さんは久々。2年半ぶりのツアーのファイナルがさいたまスーパーアリーナでした。コロナ前ですね。しかも「Lemon」の記録的ヒットの直後でした。
今回のツアーのタイトルが「変身」。そのタイトル通り前回のツアーとはかなり違うステージになってました。何が違ったかというと「歌」じゃないでしょうか。今年の新曲「M八十七」を聴いた時にも思ったんですが「抜けた」気がしたんですね。
「Lemon」をめぐる狂騒曲というか、昔風に言うと「フィーバー」の嵐を抜けた。前回のステージも現代舞踊みたいな要素が入ったり哲学的な深淵さもありましたけど、もっと整理されてた感じでそういう要素も含めての壮大な音楽でした。
で、歌ですよ。もともと声の存在感は群を抜いてましたし、声が醸し出す情感やドラマは彼の音楽そのものだと思ってましたけど、そこに更に渾身の説得力が加わってました。歌をどう伝えるかというステージにも思えました。
血と涙が滲んでいるような声というんでしょうか。ホトトギスのような声。新作アルバムの中の「カナリア」は無数の光が鳥かごのようになって歌の持つ儚い優しさを増幅してましたけど、あの曲も彼の声の「意志」を感じさせますね。
サウンドもホーンが入ったりダンスがあったりエンターテインメント色も強くなってる。でも、浮ついたものにならない。それも「声」の力でしょう。美しくてもの憂げで情熱的、そして狂おしい。
ゲストにKing Gnueのギタリスト、常田大希さんが加わった「天才コラボ」も登場。宇宙の深遠さから死の世界、映像も使った季節感豊かな詩情。更に阿波踊りのような祝祭感。まさに「音楽」というアートを堪能したステージでした。
ポップスとかロックというジャンルには納まらない桁外れの才能は我が道を行き続けてます。で、曲ですね。最初に彼に惹かれた曲のひとつ「アイネ・クライネ」も聞けましたけど、あの頃の無垢な優しさを感じさせる去年のアルバム「ストレイ・シープ」の中の曲「カナリア」を。じゃ、お休みなさい。