と書いてしまってからさて、という感じになってますね。何の根拠もなくふっと浮かんでしまったわけです。今、NHKの「映像の世紀」という番組でテレサ・テンをやってました。それを見ながら漠然と思ったのがその二人のことでありました。
ありました、ね。どっかよそ行きというか改まったというか。テレサ・テンさんは何度もドキュメンタリーになってますし、平野久美子さんというノンフィクション作家が書かれた素晴らしい本もあります。
台湾と中国の対立に翻弄されたアジアの歌姫。日本では歌謡曲歌手としての人気の方が高いすけど、そういう次元の人じゃありません。僕がアジアに行きだしたのはCHAGE&ASKAの94年のアジアツアー、あの時からそういう強烈な印象がありました。
初めて行った台湾の野球場のコンサートでCHAGE&ASKAが彼女の「何日君再来」という歌を歌った時の台湾の人の大歓声がすごかった。戦時中に李香蘭という日本人歌手で歌われて中国で禁止された大ヒット曲ですね。
そのテレサテンバージョン。その時から台湾の人たちの中の彼女の存在の大きさに驚かされました。NHKの番組は、彼女の歌が天安門事件の時にも歌われていたということも織り交ぜて「自由」の象徴のような取り上げ方でした。
天安門に集まった若者とテレサテン。戦車に囲まれていた若者が彼女の歌をうたうシーンはさすがに胸に迫りました。その前に流れていたのが毛沢東の「文化大革命」ですね。若者たちが毛沢東に扇動されて古い文化を徹底的に破壊していきました。
そう、そこで赤軍派の重信房子さんとつながったんだ。どういう繋がりかというと「時代に翻弄された」ということでしょうね。「歴史の綾」というやつかな。同じような志や正義感の持ち主がいつのまにか全く違う場面に置かれてしまう。
天安門の前に集まった若者と文化大革命に加わった若者と、重信さんのようなあの頃の学生。その端くれに僕もいたわけですが。テレサテンが「自由」に対して思っていたことも変わらないのではないか、という気がしたわけです。
ある時、何の歯車が変わった。「歴史の歯車」というのかな。みゆきさんの「24時着0時発」という「夜会」の題材を借りれば「人生の転轍機」ですね。同じ「正義」という線路の上を走っていたのに、少しずれただけで転轍機の方向が変わってしまった。
これは何なんでしょうね。片や「自由の歌姫」で片や「国際犯罪人」。でも、彼女はパレスチナの人たちにとっては「英雄」だったこともある。それは「政治」ゆえでしょうし。彼女が「罪のない人たちの命を奪ったことへの謝罪」をしてましたけど、普遍的価値に立ち返ったということなんでしょうね。
今、ウクライナで戦っているロシア人もそういうことなんでしょうか。同じ若者が殺しあっている。なぜ相手を憎むのか、その理由を大人たちが扇動する。特攻隊もそうか。いつの時代も若者が矢面で犠牲になる。
というようなところに来てしまいました。大した根拠もないし、悲しみや怒りにかられているわけでもありません。ふっと浮かんだだけです。でも、どこか空しい。それが人間ということなのかもしれません。
何だか妙な話になりました。忘れてください、とか言って自分で書いておきながらね(笑)。明日はみゆきさんの「ラストツアー・後編」の締め切り。後4000字くらいかな。曲ですね。テレサ・テン「何日君再来」を。じゃ、お休みなさい。