なくなったんですね。73歳。去年の11月に松本さんの50周年武道館で歌うのを見たのが最後になりました。声出てたなあと思ったりしましたが、あの時も車いすだったそうですね。その前、ビルボード東京で見たのも去年だったと思います。
ガンの闘病は3回かな、その都度立ち直って素晴らしい歌声を聞かせてくれてました。コロナで時間の感覚がなくなっていて2年前だったか3年前だったか分からなくなってますけど、代官山のツタヤで鈴木茂さんとの対談の司会をしたこともありました。
69年にデビューした元エープリルフールのボーカル。細野さん、松本さん、柳田ヒロさんらと一緒のバンドですね。一年足らずで解散してしまって、細野さんは彼をヴォーカルで次のバンドの構想を描いていた。
でも、忠さんはロックミュージカル「ヘヤ―」のオーデイションを受けて合格、そっちへ行ってしまった。後釜になったのが大滝詠一さんだった。日本ロック伝説の第一頁。めぐりあわせの妙ということになります。
「ヘヤ―」の後にソロになるんですが、その時のレーベルは村井邦彦さんがミッキーカーテイスさんとやっていたマッシュルームレーベル。そのレーベルも早すぎていい結果を残せなかった。何と言っても75年のアルバム「ほうろう」でしょうね。
細野さんがプロデユースしてテインパン・アレイが演奏、松本さんも詞を書いていた。日本語のソウル・ゴスペルのオリジネーター。ただ、80年代以降はポップスシーンを離れてゴスペルに傾倒、自分で教会も持つ牧師さんになっていた。
ポップスの世界に戻ってきたのが2000年代に入ってから。さっきからその時のアルバム「PEOPLE」を聴いてるんですが、いいアルバムです。70年代に手探りで開いたブラックミュージックをゴスペル経由で歌いこなしている。
本物のソウルシンガー、ゴスペルシンガー。その後の活躍は説明は要らないでしょう。アルバム「ほうろう」は、武部聡さんプロデユースで有楽町国際フォーラムで再現コンサートも行われました。あれで知ったという若いファンは多かったでしょう。
FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」で特集したのもその時でしたね。ご本人に登場して頂きました。牧師さんならではの穏やかな話と年期を感じさせる歌の説得力。貴重な存在でした。
牧師さんですからね。天国に召されたことになります。誰でもいつか旅路を行くことになる。アルバム「PEOPLE」には日本語のオリジナルのゴスペルが入ってます。自分で詞も曲も書いていた「I believe in you」という曲は素晴らしいです。
忠さんと細野さんが曲で忠さんが詞を書いている「Here comes with the glory」という曲も名曲。”この世では旅人でも 向こうには住まいがある 何もも持たずに生まれて 裸で帰っていく”という歌詞。永遠の旅立ちの歌。これで送ろうと思います。rest in peace。安らかに。じゃ、お休みなさい。