”ただの”が適切でなければ”普通の”かな。今年の年末は、今までになく自分のことを考えざるをえなくなってる感じなんですね。もちろん、年齢もあります。この年までこういう仕事を出来るとは思ってなかったと改めて思う機会が増えてますからね。
70歳になった時にも「ここまで来てしまった」的な感覚はありましたけど、それがもっと強い。特に、今年は同年代の訃報が多い。直近で言うと喜多條さんの訃報はじわじわと効いてる感じ。訃報が入ったのが岡本さんの命日だったことは書きました。
色んなものが重なってますからね。氷室さんのことを書いたものがまとまったということもありました。書店に並ばない予約制作本という特殊な形ではありましたけど、まとまったことには間違いありません。
同年代の岡林さんのことを扱ったラジオのドキュメンタリーが民間放送連盟賞をもらったとか。もう一つが松本さんの本ですね。あの反動が来てる感じ。バーンアウトというんでしょうか。区切りがついてしまった。次何をやるんだみたいな感じですね。
ダメ押しが音楽シーンの変化。この間、Spotifyのことを書きましたけど、新しい音楽とのかかわり方が一変してしまった。そこに取り付く島が見つけにくくなってる。新しい音楽と関わる面白さ、みたいなものが持ちにくくなってる。
そんなこんなもあって折に触れ、自分のやることは、みたいに思ったりするわけです。評論家って何だろうとかね、今頃、そんなこと言うなよ、でしょうけど(笑)。自分は何なんだろうな、と思ってそうか、と浮かんだのが「野次馬」でありました。
面白そうな場所に行く。みんなが集まってる場所に行く。自分が楽しいと思える場所に行く。だから一か所に留まってない、いつもふらふらしている。傍から見ると節操がない。したがって友達も出来ない(笑)。
それなのに足腰が衰えて行けなくなってる。潜り込ませてもらえなくなってる。それが今なんじゃないかなあ、と。ま、そんなこと考えてどうする、ですけど(笑)。そういう年末であります。
明日は、NACK5「J-POP TALKIN’」の川崎鷹也さんのインタビューの準備。気持ちを入れ替えて。曲ですね。陽水さん、「青空、ひとりきり」を。陽水さん、何してるのかなあ。じゃ、お休みなさい。