誕生日の書き込み、ありがとうございました。本来はおひとりづつご挨拶しないといけないところですが甘えさせて頂きます。以前は頻繁に書き込まれていて、最近はお名前をあまり見ないなあという方もいらっしゃって嬉しかったです。
こういう関係というのも不思議だなと思うことも多いんです。お互いのことはそんなに知らなくても繋がっている。何となくその方のイメージが出来上がっている。もう10年以上という方も少なくありませんし。元気なんだ、と思うと安心したりします。
で、「老成」ですよ。「老化」じゃないんです。今、放送しているFM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」の泉谷さんの特集の収録の時に、彼は自分の曲についてふっとそう言ったんです。曲で言えば「春夏秋冬」や「春のからっ風」ですね。
代表曲で言えば、ですね。どこか諦めている。達観している。「春夏秋冬」もそうですね。”今日ですべてが終わる””今日で全てが始まる”と歌ってるわけで、”終わる”ということを覚悟している。一旦諦めることでしか始まらないと分かっている。
20代前半の曲がそう。普通は「さあ、ここから人生が始まる」みたいな希望を歌ったりするんでしょうけど、そういう能天気さがない。世の中そんなに楽しいことなんてない、世間は俺たちを受け入れてくれない、みたいなところから始まってる。
泉谷さんだけじゃないですね。それが世代の特徴というほど量的に多いかどうかは別として、70年代のシンガーソングライターは20代でそういう歌が多い。それが哀愁になってる。路上の哀愁みたいな歌ですね。
この間あげた、はしだのりひことシューベルツの「風」もそうでしょうし。振り返る景色なんてない、という諦めがある。それもドロッとしてない。飄々とした諦め。それが「風」でもあるでしょうし。
はっぴいえんどの「風街ろまん」もそうでしょうね。松本さんの歌詞の中で「風」がキーワードになってるのはそういう「飄々とした喪失感」があるでしょうし。彼の場合は、1964年の東京オリンピックで故郷を奪われたという心情が根底ですよね。
自分たちが求めていたもの、自分たちが帰るべきところがない、寄る辺なき旅に出ざるを得なかった。いきなり浮かんできた曲で言えば、みゆきさんが拓郎さんに書いた「永遠の嘘をついてくれ」もそういう曲でしょうし。
”この国を見限ってやるのは俺の方だ”と粋がって外国に出ていった人の喪失感。「春夏秋冬」の国際版と言っていいかもしれません。団塊の世代が元気だと言われるのはそういう屈折を経験してるからでもあるんじゃないでしょうか。
何を書こうとしてるんだ(笑)。20代前半でそういう「老成」の段階を踏んでしまったから今更老化のしようがない。肉体的な「老化」はあっても精神的な「老成」はとっくに済んでいる。だから気持ちが若い、というのも変な理屈ですね、自分で書いておきながら(笑)。
木曜日が泉谷さんの後編二週の収録。今日はその準備。泉谷さん漬けでありました。若い時よりもその後の方がより過激になるのは、20代前半に「老成」した反動だったんじゃないかなあ、ということでこういう話になりました(笑)。
というわけで、泉谷さん、「褐色のセールスマン」を。「春夏秋冬」は自分の心情ですが、都会の労働者、サラリーマンの悲哀を歌った名曲です。じゃ、お休みなさい。