パラリンピック、終わりましたね。でも、ほとんど見てなかったんですよ。気温が不安定だったり仕事が立てこんだり、時々スポーツニュースで見るくらい。車いすバスケとかボッチャとか引き込まれるものはありましたけど、ここで触れるほどちゃんと見てたわけじゃありませんでした。
でも、今朝、閉会式だけ録画でやってましたからね。いつもなら出かけるまでメジャーリーグを見ている時間。助かりました。見て良かったです。いい閉会式でした。むしろオリンピックよりも良かったかもしれない。
オリンピックはあの時期でしたしね。やって良かったのかとか、この後どうなるんだとか開催にまつわることの方に頭が行ったりしてましたけど、今朝はそういう感じじゃなかった。意義、みたいなことが素直に伝わってきました。
”お祭り感”に終始してなかったことでしょうね。何のために行われたのかがはっきりしていた。技術的、能力的に秀でているだけじゃない、ここに至るまでの想像を絶する努力とか苦難。なぜこんなに心から嬉しそうなのか見ていてわかりました。
嵐の桜井さんの話が良かったですね。失礼ながら彼らを見くびっていたかもしれないと思いました。自分の言葉で人を感動させることが出来る。パラリンピックに心底リスペクトを持っていると思わせてくれる。さすが、でした。
ダメ押しが、歌でした。サッチモ、ルイ・アームストロングの「What’ a Wonderful Wolrd」。歌が始まって、「あれ!」と思ったらRougeの奥野さんが車椅子で歌う映像が流れてました。紹介も何もなかったですけどね。
実はパラリンピックのニュースが流れる時に頭をよぎっていたのが奥野さんのことでした。彼は何度も取材してますし、ギターの香川さんがずっと「こいつをパラリンピックで歌わせたいんです」と言ってました。
でも、そんな報道はどこにもなかったですからね、ダメだったんだろうな、と勝手に思ってたんです。そうか、歌えたんだ、と思って聴いていたら涙が出てきました。声も出てましたし、張りもあった。なによりも誇らしそうでした。
歌は「素晴らしきこの世界」ですけど、そうじゃないことを身を持って知っている人が歌うから感動する。サッチモは黒人差別も受けてきた人ですし、あの歌が発表されたのは60年代の後半、黒人のキング牧師が暗殺されたりする時代でした。
世界が混とんとしている。光がなかなか見えない。ともすれば絶望しそうになる。でも、世界は美しい。奥野さんみたいな環境の人が歌うことで歌の意味が変わってくる。あの場所でこそ歌われる曲なんだと思えました。
彼は報われたでしょうね。腹筋の感覚がまったくないところから歌えるようになった。ある意味アスリート以上のハンデを克服したと言えるかもしれません。いや、あそこに出ていた人は全員がそうでしょうから、そういう比較は辞めます。
昼間、スタバで仕事してたら、障害者の方がどこか晴れ晴れとした表情でコーヒーを飲んでました。ああいう人が肩身の狭さを感じない社会になることを。そういうきっかけになればなと。閉会式だけ見て、分かったようなこと言うな、ですけど。
小学校の時、双子の兄弟がいて、弟が障害を持っていたんです。でも、みんなと同じに遊んでましたし、ドッジボールをやったりしてました。仲のいい兄弟でしたし、クラスのみんなから好かれてました。大らかな時代だったんでしょうね。
というわけで、奥野さんの「Wonderful World」。You Tubeで見つかると思います。あの映像をミスチルの桜井さんが見つけてap bank fesで流したところから今に至ってると言っていいかもしれません。じゃ、お休みなさい。