泉谷しげるさんインタビュー、面白かったです、は変か。コメディアンじゃないんですからね。面白かった、もとい、良かったですよ。筋が通っていた、説得力があった。泉谷しげるという人の生き方の今を再認識させてもらいました。
何が再認識だったかというと、彼の反骨精神の今、という感じかな。そういう心を失わずに真っ当な大人になるということがどういうことなのか。阿蘇ロックフェスというテーマで、そんな話が聞けました。
彼は、いち早く地域起こしに取り組んできたアーテイストでしょう。単なるフェスというだけじゃない地域性。具体的にいえば、地元との共同作業。そして、地元の行政関係などに対しての説得。そういう”お上”に対して媚びないという姿勢かな。
自分のネームバリューをどう使えばいいかを知っている。地元の若者や音楽好きな人たちが申し入れても通らないことや認めてもらえないことをひっくり返す。そういう”正しい反骨精神”というのかな。
そういう姿勢が鮮明になったのが93年から始めた「日本を救え」でしょう。奥尻島、雲仙普賢岳、阪神淡路大震災と立て続けに起きた自然災害に対してのチャリティーライブ。路上でのゲリラライブでした。
そういう流れの中で生まれたのが”スーパーバンド”。小田さん、拓郎さん、浜田さん、清志郎さん、大友康平さん、伊勢正三さん、坂崎幸之助さん、稲垣潤一さんとかね。史上最強の”夢のバンド”でした。
音頭を取ったのが泉谷さん。東日本大震災の時も、”スーパーバンド、再び”、みたいな期待の声もあったんですね。でも、彼はそういう動きをしなかった。「それは違う」とはっきり否定したんですね。
みんなの気持ちがそうなったから出来たことで、それを「もう一度」ということになるとあの時の純粋さが失われる。「趣旨が違う」というわけです。僕も含めて、メデイアの人間というのは、そういう「もう一度幻想」が好きですからね。
それよりも「あの頃」を知らない、今の若者に届けるにはどうすればいいか。彼らに喜んでもらうにはどうすればいいか。音楽を聴く、観ることだけじゃなくて創る楽しみも知ってほしい。フェスと言うのはそのための場なんだ。熱弁でありました。
僕より20年は若い「ALL AREA」の女性編集長が「泉谷さんってああいう人なんですねえ」と言っておりました。そういう機会になっただけでも意味があったかなと。そういう原稿になればな、と思います。
というわけで、今日も感染者数、東京は5000人超え。神奈川も千葉も埼玉も過去最高。自宅待機が3万人かな。どうしてそういう臨時専門病院みたいなものが出来ないんだろうか。やるべきことをやってないように見えてしょうがないわけです。
感染拡大と線状降水帯。そんな言葉を知ったのは最近です。外に出ると危険な雨。空襲警報みたいな豪雨。ご無事を祈ります。曲ですね。泉谷さん、「なぜこんな時代に」を。じゃ、お休みなさい。