怖かった話。お化けが出たとかの怪談話でも、オカルト的な心霊話じゃなくて最近目にしたニュース。読んだ時の暗澹たるいやーな気分。ぞっとするようなおぞましさは、最近目にしたものの中で一番ヘビーなものがありました。
中国の軍事サイトで日本への核使用が威嚇的に公言されていた。もし、日本が台湾に対して具体的な動きをするとしたら躊躇なく核を使用する、という脅しですね。すぐに削除はされたそうなんですけど、世界に広まってしまった。
こんなことを言う軍事関係者がいる、今、世界はそういう中にあるんだと突き付けられた気がしたんです。6日の広島の平和記念日に総理大臣が挨拶を読み間違えたというニュースもありましたからね。
日本の置かれている立場、というんでしょうか。人類史上唯一の被爆国という意味が変わってきている。被爆国の願いがどんどん遠くなっている。世界には、それがどうしたみたいに思っている国があるという現実とのギャップに気づかされました。
ヒロシマとナガサキ。あれから76年。ひょっとしてこんな風に「あれから」と言えなくなる時が来るのかもしれない。それでも日本は、声を大にして訴え続けなければいけない。そういう人たちにも伝えないといけない。
同じアジアに全く立場も考え方も違う国があるという怖さ。もし、そんなことをしたらどうなるのか。国が違っても同じ人間が暮らしてるわけで、そのことをどう思うのだろうと。どんなに強大な権力者にもそれを抹殺する権利などないのではないか。
そのおぞましいニュースを見たのは7月の終わりかな。オリンピックというのは、そういう国を超えた人と人の分かりあいの場としての役割があるように思いながら見てました。スポーツが政治を超えるというのはそういうことなんでしょうし。
感染症と温暖化、分断と差別、個人と国家の不調和。そういう現実があるからこそのスポーツの理想。オリンピックの火は消してはいけないのではないだろうか。昨日、布団の中に入ってぼんやりそんなことを考えてました。
2021年8月。やっぱりこの曲を。浜田さん「アジアの風 青空 祈り」を。じゃ、お休みなさい。