先日、小林亜星さんの追悼原稿の依頼が「毎日新聞」からありました。なくなった日にコメントを求められたんですが話が長くなったんで、それは改めて原稿でということになって、明日の夕刊で掲載されます。
追悼原稿を依頼されるというのはやっぱり背筋が伸びます。新聞がそういう紙面を作ろうというくらいの方たちですから、色んな立場の人にも納得して頂けないと役目を果たせませんし。光栄だなと思います。
で、亜星さんの追悼文を書かせて頂いたんですが、”さん”づけにしたんですよ。今まで、何人かのそういう原稿を書く機会を頂いてるんですが、”さん”づけにしたのは初めてです。なぜか、そうなってしまいました。
なぜか、というほどでもないかな。自然にそうなってしまいました。改まれなかった、というんでしょうね。自分の中では亜星さんと伊藤アキラさん、二人に対しての追悼、みたいな心境だったからなんだと思います。
アーテイストとジャーナリスト、という立場の原稿じゃなかった。伊藤アキラさんにお世話になったということは、訃報を知った時にも書きました。亜星さんも伊藤さんに紹介して頂いて、取材の時も同席して下さいましたからね。
亜星さんの追悼文でありつつ、その中に伊藤さんに対しての感謝の気持ちも入れたかった。伊藤さんが勧めてくれて、手助けもしてくれた本「みんなCM音楽を歌っていた~大森昭男ともう一つのJ-POP」のことも触れたかったですし。
そう思いながら書き始めたら「さんづけ」になってしまいました。自分の中では異例の「さんづけ」なんですが、今までのそういうものとは違うということはお感じ頂けるかもしれません。お読みいただけると嬉しいです。
亜星さんは、作曲家になることを決めた時、「ダサい音楽を自分の手で書き換えてやる」と思ったと話してました。彼が言った「ダサい音楽」とはどういうものなんだろう、というのもテーマになりました。
ダサくない音楽。泥臭くない、とげとげしくない、あざとくない。そして、洗練されていて親しみやすくて、自由であたたかい。そんな音楽なのかな、と思いながら書きました。
今週は「80年代ノート」の今月分の原稿。その前に、ヤンキースタジアムの大谷選手の登板です。やっぱりワクワクしますよね。というわけで、曲ですね。レナウンの話はこの前書いたんで、エメロンシャンプー「ふりむかないで」を。ご当地CMソングの傑作でした。じゃ、おやすみなさい。