もう一週間以上も経ってしまいました。護国寺でのお別れ会が4月30日。4月の半ばくらいまでは意識していたんですが、連休前のバタバタを前に失念してました。こんな言い方をするのは気が咎めますが、そういえばという感じでした。
1992年。平成4年か。何だか時間が経った気がしますね。それは僕が年を取ったということ以外の何者でもないんでしょうけど。それも2020年、2021という異常な年が、そうさせてしまっていると言っていいのかもしれません。
それまでに関心があったこと、気になっていたことが突然遠ざかってしまった、切り話されたような感覚になってる。この間、このブログの横にあるアーカイブのところに上がってきていた柳ジョージさんの記事が2019年だったことに驚きました。
随分前に書いた記事みたいに思えたんですね。これ、いつだっけ、と思って見直したら2019年の11月だった。まだ2年も経ってない。尾崎さんもそんな感じになってるんだな、と思いました。
世の中は何も変わってないんでしょうけどね。尾崎さんが戦おうとしたこととか、抗おうとしたことは今も変わっていないんでしょうし。学校はあの頃よりももっと管理体制が強化されているし、社会はもっと冷酷に複雑になってる。
80年代の高度成長の中で許容されていた「反抗」自体が成りたたなくなってる。そして、僕の中で、そういう「反抗」や「自問」に対してのリアリテイが薄くなってる。それがまさに「老い」ということでしょう。
だって26歳で逝ってしまったんですからねえ。今の年齢感覚だと青年というより少年。若い、という言葉以前の年齢。今の26歳はどうなんだろう。もっと屈折しているのか、それとももっと幼いのか、その辺はもはや尺度を持ちません。
そうか、昨日、会った川崎鷹也さんが、26歳か。もちろん、彼は彼ですから、単純な比較は出来ませんが、もっと自覚的な感じですね。目的が見えている。そういう人じゃないと今、音楽をやろうとは思えないんじゃないでしょうか。
ともあれ30年目かと思いつつ。所沢にお墓参りに行ったことを思い出しました。今も献花に訪れるファンの方はいらしゃるんでしょう。同時代的な鮮烈さは生き続けます。一週間遅れですが「街の風景」を。渋谷の風景も一変しました。じゃ、おやすみなさい。