もう随分前ですけど、「70年代ノート」という本を出したことがあるんですね。「毎日新聞」に連載されたもので、同じく毎日新聞出版から単行本になりました。そう、2011年だ。3月10日の発売予定だったんです。
何で思い出したかというと、震災のあった日、竹橋の毎日新聞のビルの中の喫茶店でその本のプロモーションの打ち合わせをしてたんですね。その最中に地震が来た。床に立っていられなくて、外に出て道路を挟んだ反対側の皇居の門の前に避難したんです。
そこで1時間くらい様子を見ていて埒が明かないんで、歩いて帰ったということがありました、というようなことを書こうとしていたんじゃなくて。そのためのあの本の宣伝とか諸々の企画が流れてしまって、思うようには売れなかったわけですが。
あの時から、この続編がやりたなあ、と思ってたわけです。「80年代ノート」。これが出来そうな気配になってきました。まだ言えませんけど。決まったらもちろん真っ先にお知らせします。
今、80年代が妙にブームになってますよね。筒美京平さんがなくなった、ということが火をつけてるんでしょうけど、言い換えれば「80年代歌謡曲リバイバル」みたいな感じですし。アイドル評論家のような人たちが引っ張りだこみたいです。
そこに水を差すわけじゃないですけど、それぞれが勝手に自分の好きな曲についてうんちくを傾けているだけじゃ見えてこないシーンや流れもあるわけで、それをちゃんと書きたいな、と思ったりしてます。
「70年代」ももちろん面白いんですが、どっか生々しい。音楽として面白がるだけじゃすまない社会的な出来事が絡んだり。自分の身の回りのことや仕事の面もまだ暗中模索の中で右往左往していた。思い出したくないことも関係したりする。
「80年代」はもっと客観的に面白がれた。気分が変わった。音楽の流れもそうでした。新しい音楽が開花したり枝分かれしたり。仕事も音楽だけになっていったのが80年代の前半から。音楽が一番楽しいと思えるようになったのがその頃でした。
そんなことが書けたらいいな、と思ってるわけですが。可能性はありそうです、とか書いちゃって、実現しなかったらどうするのかな(笑)。おっちょこちょいですからね。思ったことはつい書いてしまう。なかったら笑ってください。
松本隆さんの連載が終わって、ひと段落で、もし「80年代ノート」がちゃんと書けたら、もう思い残すことはなくなりそうですね。90年代はシーンが巨大化して手に負えない感じもしますし。そこは氷室さんの本で完結という感じがしてます。
出来るうちにやっておく。ほんとにそういう時期に来ました。変異株に気をつけながらぼちぼちと。というわけで、80年代の始まりの曲。80年1月1日発売、沢田研二さん「TOKIO」。プロデユーサーの木崎賢治さんの本「プロデユースの基本」は面白かったです。じゃ、おやすみなさい。