もう5年くらいインタビューの機会もありませんが、ライブは一昨年のメットライフドームまでほとんどのツアーは見せてもらってましたし、2000年代にもっとも思い入れを感じていたバンドでした。
去年のあの出来事でバンドとしてどうするんだろうとは思ってました。その答えがさっきの番組。3人で活動してゆくという表明。潔かったですね。バンドの原点を思い越しつつ、そこからどんな風に歩いて来たのかを再確認する。
それは、3人にとって、というよろ4人と聞き手みんなにとってという意味もあったんでしょう。こんな風に始まってたんだよ、ということを忘れないでくれ、そのことをかみしめることでここから先へ向かってゆくという25周年。
そういうことなんだなあ、と思ったのが、あのライブの時のメンバーのポジション。ステージがダイアモンド形状に見えたのはメジャーデビューシングルが「ダイアモンド」だったこともあるんでしょう。
それが四つある。でも、一番メインのステージは誰もいない。藤原さんは、左のダイアモンドのところで歌っている。休止しているメンバーの場所ですよね。3人でやるということがどういうことか。
メンバーが休んでいる、欠けている、という欠落状態を意識させない。それは、休んでいる人のカバーもする、ということもあるんでしょう。でも、歌っているの自分は中心にはいない。これが正常な形とは思ってない、ということも伝わってくる。
自分たちの音楽が、どう成り立っているか。藤原さんが何度か口にしていた「聞いてくれている人」との信頼と約束。それを果たすための考え抜いた形だったんじゃないでしょうか。演奏されたのもそういう歌ばかりでした。
改めて思ったのですが、今のボカロ系の”旬”なバンドやユニットの中にはBUMPの影響がある。曲調とか言葉。BUMP以前以後があるんだな、ということも今さらながら思いました。以後、の中にはもちろん米津さんも入ってます。
もう一つ、久々に彼の歌を聞いていて、発声がちょっと変わったかなと思ったりしました。プロの発声、というと変ですけど、若さの生々しさ、みたいなものの代わりに成熟した歌い方になっているように思いました。
だからというほどの変化ではありませんが。大人になった感じはしました。でも、3人でいることの「痛み」みたいなものが、歌の情感をより深めてているようにも思ったのは僕だけでしょうか。
いい加減にごまかさない、なあなあに生きて行かない。そういうバンドなんだなとこれも再認識させられた30分。大丈夫です。というわけで、最後に歌った曲「魔法の料理~君から君へ~」を。じゃ、おやすみなさい。