FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」の11月の「氷室京介特集」の4週目。95年のシングル「魂を抱いてくれ」から2001年のシングル「GILRS BE GLAMALOUS」までの6年間。レコード会社はポリドールでした。
オリジナルアルバムでいうと「MISSING PIECE」「I・D・E・A」「MELLOW」「beathaze odessey」の4枚、他にベストアルバム「COLLECTIVE SOULS」とライブアルバム「THE ONE NIGHT STAND」が出てます。
レコーデイングが日本からアメリカに移っていき、それだけじゃなくて移住につながってゆく時期。激動、決断の時期。BOOWYの残影が消え去った時期。最も精力的な創作活動が続いた時期。ゲストは、その時代の担当A&Rの臼井克幸さん。
当時のポリドールには、GLAYやスピッツ、X-JAPANなどそうそうたる人たちがそろっていた時期。臼井さんは、制作全体を見る立場でありながら氷室さんの現場は欠かしたことがないという人。この時期に誰よりも深くかかわっていた一人ですね。
今は、自分でインデイーズレーベル、J's レーベルを主宰して沖縄のアーテイストだけじゃなくバンド、シンガーソングライターを手掛けてます。会って話すのはほんとに久々。楽しい時間でありました。編集が大変だろうなと思います(笑)。
氷室さんの周辺の関係者はここ数年、何人もなくなってますからね。それまでの東芝EMI時代と違って、スタッフの中でも会ったことがない人がたくさんいるという限られた人としかコミニュケーションを持たなくなった時期。彼しか語れないことがいろいろありました。
僕にとっては、海外取材が一番多かった頃で、ほとんどが彼と一緒でした。そういう意味でも旧交を温めるという雰囲気の時間。会える時には会いましょうね、ということで別れました。今年はそういう年になりましたね。
こんなことばっかり書いてますけど、ライブがない、人と会わない。新しい出会いがない。必然的に振り返ることが多くなっているわけで、終わってから軽く食事したんですが、自然にそういう話になりました。
感染、収まるどころか、第三波襲来になってますしね。そろそろライブも行われるようになりましたけど、客席が半分とか三分の一。一席の重みが今までと全然違う。「見せていただけますか」とはなかなかお願いしにくい。諦めムードですね。
そういういつの年とは違う事情もあるのかな。11月がこんなに忙しくなる年は初めてかもしれませんね。年末進行の前倒し。いつもの年より半月分くらい早い。明日も収録と取材の二本立て。インタビューは怒髪天です。
というわけで、ポリドール時代の氷室さん。いい曲がたくさんあります。メロデーメーカーとして一番充実していたのがこの時期じゃないでしょうか。99年のシングル「ダイアモンドダスト」を。アルバムは2000年の「MELLOW」。今の方が良さが分かります。じゃ、おやすみなさい。