という劇団がありました。そういう作品が上演されました。ちょうど50年前です。昨日書いたタイトルの「アメリカよ、アメリカよ」というのは、その中で出演者の長倉恭一が叫んでいたセリフなんです。つい使ってしまいました。
といきなり書いても50年前でしたからねえ。生まれてないどころじゃないでしょうし、生まれていたという世代でもほとんどの方がご存じない、当時風に言えばアングラ。でも、忘れられない人たちでありました。
長倉恭一は、のちに永倉万治というペンネームで作家になりました。まだ作家になる前にうちに遊びに来たりして、よく一緒に飲んだ友人でした。東京キッドブラザースは劇作家、東由多加さんが率いるミュージカル劇団ですね。
寺山修司さんの「天井桟敷」とは違うロック志向。東さんは寺山さんと袂を分かつ形で結成した劇団でした。1969年暮れだったか、1970年の初めだったかは定かでなくなってますが、片道切符でニューヨークに渡って、向こうで成功した最初の劇団です。
音楽を担当していたのが下田逸郎さん。パーカッションの斉藤ノブさんも劇団員だったんじゃないかな。アメリカで「ヘヤー」がヒットして、それに刺激される格好で誕生したといってもいいでしょうね。
キッドが魅力的だったのは、東さんが書いた脚本はあるものの、大半が出演する役者の自分のセリフが中心だったんですね。率直な告白、みたいな叫びやつぶやき。深夜放送の手紙みたいな切実さがありました。
「黄金バット」は、音楽はロックで衣装は着物、日本的な風習が織り込まれていて向こうで大ヒットしたんですが、長倉さんは、マリリン・モンローとかキング牧師とか、自分の中のアメリカへのオマージュと実際に見たアメリカへの幻滅を叫んでました。
アメリカ文化に憧れた世代が見た現実のニューヨーク。ドラッグとベトナム戦争とヒッピームーブメント。それにもなじめず、結局、ユートピアなんてない、自分の現実を見つめるしかないんだ、というモノローグ。その随所に「アメリカよ!アメリカよ!」という呼びかけが入ってました。
東さんは、2000年になくなったのかな。長倉さんもその後を追うようになくなってしまいました。そうか、20年か。「黄金バット」から50年。世界は変わったのか、大統領選の混迷は、何を物語っているんだろう、と思ったりしてます。
というわけで、原稿の週末です。「風街とデラシネ・作詞家 松本隆の50年」。プレッシャーとの戦いです(笑)。東京キッドブラザースの「黄金バット」は、はっぴいえんどの「さよならアメリカ、さよならニッポン」だったんでしょうね。
アメリカでもニッポンでもない。もう僕らに学ぶものはない、という無国籍宣言。21世紀の歌でもあるんでしょうが。なかなかさよならが出来ないまま大人になってしまいました。じゃ、おやすみなさい。