去年のアルバムです。アルバムチャート一位を獲得。史上最年長一位の記録。それまでの記録は小田和正さんですから、更に重みがありますね。といっても70年代はオフコースよりも矢沢さんの方が売れてましたから、彼にすれば当然かもしれませんが。
FM COCOLO「J-POP TALKIN’」の矢沢さん特集の4週目の原稿。収録は明後日なんですが、明日が全く使えずに曲やらないといけない状況、明日の収録の原稿もあって、結構大変でしたって、そこまで書くことないか(笑)。
4週目は2000年代以降、50才、60才、70才の矢沢さんを聞いてみる。最後にあのアルバムから何曲か聞いて終わろうという最終週。でも、こうして連続して聞いて行くからこそ分かることが色々ありました。
矢沢さんが、自分の年齢をかなり前から意識していた、と思えたのが発見でした。50代にオーケストラとツアーをしたり、オリジナルアルバムとは関係なく「YOUR SONGS」というリマスタリングシリーズを出したり。
オーケストラと組んだツアーの時に「NEW STANDARD」という名付けていたり。色々試していたという布石があっての今回、10月21日の「バラードベスト・STANDARD」なんだなと思わせてくれました。
で、「いつか、その日が来る日まで」について改めて知ったこと。アルバムのタイトルは矢沢さん自身だったということですね。去年、インタビューが出来なかったんで、確かめ損ねてたんです。
作詞はなかにし礼さん。彼が自分の週刊誌のエッセイで書いてました。「ある日、突然電話があった」というんです。「70才になるので詞を書いてほしい」「こういうタイトルで書いてほしい」という依頼だったそうです。
なかにし礼さんは、矢沢さんより11歳上。70代になった時に、それだけ年上の作詞家に依頼することで、「年齢の先取り」をしたんだろうな、と思いました。でも、タイトルが本人だとは思わなかったです。
プロデユーサー・矢沢永吉の真骨頂。昨日かな、テレビの「関ジャニ」に出てましたけど、面白かったですね。まあ、僕らはああいう人だというのは知ってましたけど、テレビを見ている人やイメージでしか知らない人は驚いたでしょう。
そういう人、というのは音楽のことですね。知識よりも本能、感性、直感。音楽にはふさわしくないかもしれないですが、動物的。天才的と言ってもいいでしょう。ライブの演出とかも全部本人ですからね。
彼のことを自分で作曲していると思ってない人も多いみたいですし。世間のイメージと言うのは厄介なもんです。楽しい4週間でした。もちろんプレッシャーもありましけど。昨日も矢沢さんの夢を見てました。これで解放されますね(笑)。
というわけで、収録は明後日、は書いたか。明日はDef Techのインタビュー。今年は15周年。11月に10枚目のアルバムが出ます。彼らに今だから聞いてみたいこともあります。曲ですね。矢沢さん「いつか、その日が来る日まで」を。じゃ、おやすみなさい。