無事に終わりました。昨日の天気予報が芳しくなかったんで、心配してたんですが、朝の雨も途中で上がって終わる頃には陽が射してました。昨日みたいな風も吹いてませんでしたし、穏やかな旅立ちだったんではないでしょうか。
母の年齢も年齢ですからね。もう友人とか同世代の縁者もいなくなってる。僕らも会社のお付き合いとかあるわけじゃないですし、親類縁者だけのこじんまりとした家族葬だからこその別れになったように思います。
6月の半ばに施設のお医者さんから「いつどうなるか分からない」と言われてましたからね。しかも、その後に酸素が思うように吸えなくなって吸入をしたり、食べられなくって点滴したこともありました。
でも、また酸素も吸わないで良くなったり、点滴も外して流動食の食事をするようにもなってました。そういう意味では、心構えが出来ていたこともありましたから、突然、という受け止め方もなかったです。
今の施設に入って6年。その間にも骨折とか肺炎とかで入院したことも何度かありました。施設の方達は「戻れないかな」と思ったこともあったようです。でも、その都度、リハビリなどで回復。「おかえり」と迎えられてました。
生きる意志が強かったんでしょうね。人任せにしない。自分の始末は自分でつける。そんな姿勢が施設の方にも好感を持たれていたんだと思います。見事な大往生だったなあ、と改めて思いました。
それにしても、コロナの中で葬儀も出来ないという話も耳にする中で、こうして無事に送りだせたことはありがたいことだなあと思いました。「棺に入れて欲しい」と書かれたいくつかの遺品に親父からもらったラブレターがありました。二人で撮った写真もね。やっと親父と再会する旅に出たんでしょう。
というわけで、一つの時代が終わりました。色々、ご迷惑おかけしました。明日から仕事に戻ります。曲ですね。山下達郎さん、「蒼茫」を。”生き続けることの意味”。こういう時代だからこそ、じゃ、おやすみなさい。