突然でした。今日、16時半からFM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」の収録があって、そこに向かう電車の中に施設から「呼吸が止まってるんで、すぐに来てほしい」という連絡がありました。
その時は思わず「これから仕事なんで夜になってしまいます」と言ってしまったんですが、降りて井の頭線の反対側に来た電車に乗って戻りました。でも、もう事切れていて息を引き取る瞬間は立ち会えませんでした。
ただ、出がけに寄ったんです。13時半くらいかな。20分くらいそこにいてから出て来たんで、「え」という感じでした。今朝、痰が絡んで吸引したようで、入れ歯を外してしまっていて、色々言おうとしてるんですけど、何を言ってるか全く聞き取れない。
今思えばその時に何かを予感していて、それを訴えていたのかなとも思うんですが、時々意味不明なことを口走るようになっていたんで、それ以上は推測に過ぎません。それでも「ありがとう」と言ってるくらいは分かったんで「こちらこそありがとう」とは返せました。
この間少し書いた時からはもういつ何があっても、という覚悟はしてましたから、そんなに唐突ではなかったですけど、気が抜けたような放心したような気が遠くなるような感じはしてます。
何でしょうね、終わったなあというのも違いますね。何もできなかったなあは少しありますね。これで良かったのかなあとか。もっとやれることはあったんじゃないかなあ、とか。このところ「帰りたい」とは言ってましたからね。
自分では無理、ということが判っててもそう言うのは仕方ない、という話はそういう施設で働く人から聞いてことがありましたから、彼女もきっとそうだったんでしょう。「気持ちは分かるけどねえ」というとそれで話は終わってました。
99ですからねえ。しかも、最後まで意識ははっきりしていた。下半身が壊死してしまって自分では起き上がれない。でも、昨日は、自分から車いすに移ると言って、そこで食事をしたそうなんです。もちろん食べさせてもらうわけですけど。
そういう意味では大往生ですね。もし、病院だったら、あんな風に看護師さんや周りの方達に温かく接してもらえなかったでしょうし。色々写真も撮って下さったりしてました。幸せな最後だったと思います。ありがとうございました。特にお世話をしてくださった方々、何度感謝してもしきれません。
大正・昭和・平成・令和。四つの時代を生きたことになります。一回だけ「あの曲が聞きたい」と言っていた曲を。You Tubeで探して聞かせた時は嬉しそうでした。楠木繁夫という人の「人生劇場」。村田英雄さんが歌った曲のオリジナルでした。昭和13年の曲、「青春の歌」だったそうです。じゃ、おやすみなさい。