千春さんのことをここに書いた記憶はないですねえ。もし、あったとしても一二度じゃないでしょうか。インタビューも30年以上はしてませんね。4年前か。FM COCOLOの「J-POP LEGEND FORUM」のデイレクターだった加藤与佐雄さんがなくなった時のお別れ会でお顔を拝見したくらいです。
何で急に書いているかというと、「週刊現代」から連絡がありました。あの雑誌の中の一つの曲について何人かが語るシリーズの企画。まとめるのは向こうの編集者なので、時には、こういうまとめ方するわけ、みたいなこともあるんですが、話をすること自体は楽しいんで、声がかかればお受けすることにしてます。
で、千春さんの「長い夜」を取り上るんだそうです。でも、こういうご時世なんで、集まって話すわけにもいかず、個別に話を聞いてこちらでまとめます、ということでした。了解。勝手に話します、と色々思い出すことをお話したわけです。
80年代に学研の「BEST HIT」という音楽雑誌があって、その取材で、当時は、結構お会いしてました。足寄のご自宅に取材に行ったこともありました。ちょうど「長い夜」が出た後くらいでしたからね。あの曲の印象も覚えてました。
生ギター一本だった千春さんが、バンドをつけて、デイスコビートでハンドマイクで走りながら歌うようになった、という曲ですね。ドラムが島村英二さん、ギターが松原正樹さん。他に話を聞く人の中に島村さんもいました。
あの曲が出た直後の日比谷野音のことは覚えてますね。80年代のブランドスーツにサングラスという格好で「長い夜」を歌った。一回のコンサートで何度か歌ったと思いますよ。まさにイメージチェンジでした。でも、歌の上手い人だなあという再認識もありました。
生ギターだけで歌っていた人がバンドをつけた時のぎこちなさ、みたいなものが全くなかったむしろ、そういうビートを気持ちよさそうに歌っている。自分のものにしている、というほど特別な感じがない。その歌の大きさと揺れに印象付けられました。
あの歌、カラオケで歌う人、多いです。でも、かなり難易度が高い。簡単に歌えそうで、あんな風に演奏を意識しれるんだかしてないんだか、みたいにおおらかには歌えない。風に揺れる柳みたいに自然にはならないんじゃないでしょうか。
あれは天性なんでしょうね。北海道の空みたいなもんでしょうか。あの声もあります。どんなリズムでも自分の歌にしてしまう。演歌でもポップスも関係ないんです。大きいけど、間延びしてない。ちゃんと揺れてる。不思議な人だと思いますよ。
で、彼の話をするんで、10年以上前にテレビで放送された映画「足寄より」をどこかに録画してあったな、と思ったら、残ってました。見てないままになってました。なぜか消せなかったんですね。千春さんを発見したラジオデイレクターとの絆ドラマでした。
足寄の風景、色々出てましたね。83年に彼の実家に取材に行った時に印象的なエピソードがあるんです、と書いてあら、こんな時間だ。結構、経ってしまいました。時間切れですね。出来るだけ、1時前には寝るようにしてるんで。この続きはまた明日にしましょうか(笑)。
明日、緊急事態宣言、解除になるんでしょうか。早くないかなあ。連休明けの自粛の結果が出るのは、27日頃でしょう。今日は14人だったそうですし。土日は検査がお休みとかで、感染者数がいつも少ないですし。解除明けを宣言したとたんに元の木阿弥にならなければいいですが。
このまま解除すれば休業保障をしないまま逃げ切れるとか、考えてないだろうなあ、とうがってみたくなります。例によって争点ずらし、ということもあるでしょうし。まだ気をゆるめれません。ということで曲ですね。千春さん「長い夜」を。じゃ、おやすみなさい。