FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」の5月の特集。松田聖子さんの軌跡。後半二週の収録をしました。一か月分を録り終えました。ゲストはなし。僕ひとりでやってみました。実を言うと、大丈夫かなというのもあったんです。
彼女のインタビューはたった一回だけありました。80年代前半ですね。雑誌「GB」でした。GBに出ているシンガーソングライターが彼女の曲を多く書いてましたからね。ユーミン、細野さん、財津さん、甲斐さん、佐野さん。中にはペンネームの人もいましたけど。
芸能誌じゃなくて、そういう人たちが常時出ている雑誌にプロモーションしようということだったんでしょう。で、僕のところに回ってきた。ずいぶんイメージと違うなあと思った記憶があります。つまり、当時のアイドルは、だいたい、先にメーカーの人やマネージャーが入ってくるんです。
そういう人たちがメデイアの人に挨拶して、そこに本人がちょっと気取って入ってくる、というパターンがほとんど。彼女は、そうじゃなかったですね。最初に颯爽と本人が入ってきてすぐに始まったと思います。さばけた人だなあと思いました。お人形さんな感じがありませんでした。
でも、お会いしたのはその時だけ。ライブも見たことがない。こんな状態で特集なんかできるんだろうか、と。その分、新鮮でした。外から見ていたり業界の中での扱われ方と彼女が残してきた作品がどのくらいギャップがあるのかとか。面白かったです。発見が色々ありました。
発見、というのかな。改めて思ったことかな。こんなに冒険心と向上心、野心を持ってアグレッシブに生きてきた女性アーテイストがいるだろうか、と。10代のアイドルに始まって、シンガーソングライターになって、プロデユースもするようになる。
歌ってきた音楽のジャンルも、80年代、90年代のポップミュージックの要素をほぼ網羅している。洋楽の要素、と言っていいかもしれません。80年代は松本隆さんという作詞家でありプロデユサーがいましたけど、彼と離れてからのことが「そうだったんだ松田聖子」という感じでした。
アメリカでの活動とかね。海外進出と言われましたけど、こんなに本気でやってたんだと思いました。ファンの方はご存じなんでしょうけど、音楽ファンからは、あんまり好意的に受け止められていなかったようにも見えてました。
結果はどうあれ、あれだけ本気でチャレンジした、ということはもっと評価されていいのではないか。後半の二週は、89年以降。ほぼ、そういうトーンになりました。40年間、音楽に賭けてきた女性、と言っていいんだと思いますよ。
70年代の百恵さんやキャンデイーズは、音楽からの”離れ方”が話題になったり、引退、という選択が美談として語られたり。聖子さんは、結婚があろうが出産があろうが、音楽という軸はぶれてないように見えます。ちゃんと新譜も出してますね。
アイドルとしての成長、人間的な成長、アーテイストとしての成長。明暗の両面をさらけだしながら音楽を続けている。それでいて「アイドル」であろうとすることの”すごみ”みたいなものを感じました。だって、同じ時に「なんてったってアイドル」と歌った人はもう音楽にはいません。
今ごろ、気づいてどうなる、という気もしますけど、少なくとも、こういう見方もあるんではないか、という特集にはなったように思います。大上段な言い方をすれば、日本の音楽ジャーナリズムは何を見ていたんだ、という感じでした。
言葉足らず、力不足は否めませんけど、この時期に聖子さんを扱えてよかったと思いました。コロナのこともあって、ゲストを入れるのは難しい、みたいな状態だから一人でやってみました。どんな風に聞かれるのかな、と思いつつ、です。
というわけで、聖子さんの曲、97年の曲「Gone with the rain」。この曲、知りませんでした。カッコいいっす。東京の緊急事態宣言、伸びました。スタバ、開くかなと思ったら、今月いっぱいだめでした。じゃ、おやすみなさい。