二日間開いてしまいました。実は、一昨日、オフクロがお世話になっている施設のお医者さんから連絡があって、昨日、姉や弟と行ってました。急だったんで、予定変更、多少、あわただしくなってました。
急速に体力が落ちてるんで、いつ何があるか分からないから、その時のための処置の了解をしてほしい、という話合いでした。99ですからね、色んな事が限界という感じのようです。2月の終わりから面会自粛でしたからね。気にはなってたんですが、会えなかったんです。
昨日、許可をもらってマスクに手袋、顔を見てきました。何とか元気でいてほしい、と思うしかありません。でも、こういう状況になっているお年寄りがたくさんいると思います。救急車でも受け入れてもらえないという例が今日も紹介されてました。
昨日の夜は、半蔵門のTOKYO FM。今日は、大宮のNACK5。都心はガラガラですよ。ガラガラという言葉もいらないくらいに人がいない。今朝、埼京線の武蔵浦和から大宮まで、僕の車両には4人しかいませんでした。
むしろ、僕の地元の近所の方が人が多い。都心には出ないけど、地元で出かけているということなんでしょうね。人と人の接触を少なくしないと感染を抑えられないことは明白でもあるんで、大丈夫かなあと思ったりしました。
そう、先週の週末、都心よりも人出が多かった、と言われたのが吉祥寺ですよ。ちょうど良いのかもしれません。出やすい街ね。お洒落な街、という印象もあるんでしょうね。しょうね、と書いたのは、この間あげたゆずの「君は東京」に吉祥寺が出てくるんです。
きっと実在の女の子でしょう。高校を出て東京に出て行った「君」は吉祥寺の駅から5分のワンルームに住んでいた。青山のカフェでウエイトレスのバイトをしていた。そういう「君」に対して、”君は東京の人だった”と歌うんです。
そうかあ、横浜の彼らにとって、吉祥寺は「東京らしい街」なのかあ、と思ったわけです。僕らの時代、というには古すぎますが、そういう感じじゃなかったですからね。70年代中央線文化の街。サブカルの街、というのかな。ヒッピーカルチャーの名残のある街ね。
73年の斉藤哲夫さんの「バイバイグッバイサラバイ」というアルバムの中に「吉祥寺」という曲があるんです。彼は、大森。吉祥寺は、高田渡さんたちが拠点にしてましたからね。そこに向かう気分の歌。”ロングヘヤーはもう疲れたみたい”という歌詞があります。
ロングヘヤーが時代遅れになりかけていた頃の歌。おしゃれな街、という感じじゃなったですよ。そう、面白い話があるんです。斉藤和義さんが東京に出て来て最初に住んだのが吉祥寺だった。そのアパートは、70年代中はあったミニコミの編集室があったところだったんですよ。
インタビューしていて、「吉祥寺、どの辺だったんですか」と聞いていたら、そのアパート、俺知ってるよ、という話になった。何度か取材に行ったことがあったんですね。彼も驚いてましたけど、こういうの縁というんだろうな、と思いました。
何の話だっけ(笑)。そう外出自粛だ。吉祥寺、あんまりにぎわうのも考え物じゃないでしょうか。ゆずのツアーは全公演が中止になりました。みゆきさんも、です。8月の延期分もない。僕の本の企画も消えました。でも、この程度で済んでいる、と言った方が良さそうです。
東京の歌。しばらく続けますね。東京が以前の東京に戻るまで、ケツメイシの「東京」を。ボーカルのRYOJIさんは感染から完治されたようです。大事に至らなくて良かったなと思いました。じゃ、おやすみなさい。