いやあ、驚きましたね。何だこれはとぎょっとしたような、その後に愕然としたような落胆。嫌なものを見てしまったという後味の悪さ。星野源さんのサイトへの総理大臣の投稿ですね。出来るだけ政治的なことは書かないようにしてますけど、そういう次元じゃない感じでした。
もちろん、音楽は相手を選びません。エンターテインメントというのはそういうものでしょう。どんな立場の人たちにも楽しんでもらう。そういう違いを超えて共感してもらえる。それに対して、どんな人がどういうリアクションをするかは自由です。
ですから、総理大臣が投稿するもの当然のことながら自由なわけです。と言っても、この状況でこの曲に対して、こんなことを言うことがどういうことかくらいは考えるのが普通の神経だと思うのですが、この人はそうじゃないんだなあ、という感想ですね。
若い人に共感してもらえると思ったのかもしれませんね。よく思われたいということなんでしょう。便乗ね。ライブハウスが苦境に陥っている。音楽関係者が青息吐息になっていることには意識が行かないんでしょう。
地方自治体の危機感の方が切迫している感じですよね。東京に限らない。むしろ、東京ほど財政的な余裕がないだけ危機感は強いように見えますし。周辺の自治体だって東京と川一つ隔てているだけですもんね。
話が繋がってきました。荒川を挟んだ埼玉、江戸川を挟んだ千葉、多摩川を挟んだ神奈川。中でも、荒川という川の持つセンチメンタリズムというのはあるんじゃないでしょうか。東京から荒川を超えて思う事。GOING UNDER GROUNDに「荒川わたれ」という曲があるんです。
彼らは埼玉県桶川市の出身。荒川を「星屑」に例えるのがいいなあと。彼らを初めて見たのがメジャーデビュー前、2000年だったと思うのですが、その時に、その曲が好きだなと思ったんですね。埼玉で、それも大宮や浦和みたいに大きくない街の若者の東京への想い。
そんなに距離があるわけでもなくて、すぐに行けるんだけど、やっぱり明らかな違いがある。その境界線を荒川に託している。東京は「銀幕の夜」なんですね。で、昨日取り上げた「東京」は、メジャーデビューしてからの東京なんです。
歌詞の中に「東京」は出てきません。東京で暮らしているという特別な感じがなくなっての日々の歌。深夜営業のコンビニに立ち寄るのが普通になってからの歌。あえて「東京」というタイトルをつけたのは、「もうどこの街でも同じなんだよ」という意味だったのではないでしょうか。
でもねえ、コンビも夜はやってません。ジュースを買って本の立ち読みも出来ません。そう思うと、どこの街でも同じか。早くこういう日々が戻ってほしいという歌だと思うと、東京に限らないということになりますね。”イッツオールライト”と笑って歌えるような日が早く来ることを。
明日、喉の薬をもらいに呼吸器科に行くことになってたんですが、病院から連絡があって、予約時間を変えて欲しい、というんです。なぜですか、と聞いたら、「その時間を熱のある患者さんの治療に充てたい」と。病院に行くのは遠慮しました。
僕の喉はそんなに切迫してませんし、お医者さんの手を煩わせるまでもないかなと。でも、そういう状況か、と思いました。じりじりと追い詰められている感じですね。明日は歯医者さんもあるんです。インプラントの点検、行かないわけにはいかない。ちょっと怖いです。
というわけで、曲ですね。同じように東京の日常を歌った曲。槇原敬之さんの「東京DAYS」を。じゃ、おやすみなさい。