もう12時を回ったし、このまま寝ようかなあと思ってたんですが、やっぱり、書いておこうと思いなおしました、って勿体付けてますが(笑)。まあ、そんな大したことではなくて、だったら、勿体付けるな、ですけどね。
そういう催しがあったんです。卒業というのは大学ですね。僕らが行ってた大学、お茶の水の中大は、卒業式がなかったんです。闘争のさ中で中止になってしまった。そういう代の卒業生を対象にした50周年の集いでありました。
敢えてお茶の水と書きましたけど、今は八王子。みんな知ってるか(笑)。何年前かな、その代の人たちを八王子の校舎に集めて、遅ればせの卒業式めいた集まりをやったみたいなんです。僕は行きませんでしたけど。
何をいまさら、みたいな斜に構えた感じもなきにしもあらずでしたしね。でも、50周年は若干感覚が違った。そんなに経ったのか、という感慨もあり、しかも都心でやってくれる。50年会ってない友人も来るかもしれない、ということで参加してきました。
ずいぶん来てましたね。何でも予想をはるかに上回る参加者だったようです。全学部ですから、そうなりますよね。僕らは同じゼミの仲間数名、こじんまりでした。そういう屈折した時代でしたから、ちゃんと就職した人ばかりじゃないんです。
他人のこと言えないか(笑)。卒業後、行方が分からない、連絡先不明という人もいたりもする。そういう奴の連絡先が判ったりした、ということもありました。体調が思わしくなくて来られないとかね。どんどんそうなって行くんだなあと思ったり。
でも、昭和44年卒、1969年卒、というのはどっか愛おしい。卒、と書いてますけど、卒業試験なんかなかった。うるさい連中はさっさと出てってくれ、と追い出された、みたいな感じでした。そういう連帯感みたいなものも学生達にあるんでしょう。
何度か書いてますけど、色んなことがあった年でした。東大安田講堂とか、新宿西口フォークとか、中津川フォークジャンボリーとか、ウッドストックとかね。僕は新宿プレイマップ創刊の年。「ニューミュージックマガジン」もその年創刊なんです。
陽水さん、50周年、頭脳警察50周年。URC50周年、そう「ABBEY ROAD」も50周年。そういう年でした。みんな大きな時代の渦の中にいた。それにしてもみんなジジィだった(笑)。色んな事がありながら、ここまで来た。それだけでいいのかなと思ったりしてました。
今度、みんなに会えるのはいつでしょうね。ともあれ、元気で。ということで曲だ。50周年の歌、ないか。再会の歌。小山卓治さんの「Passing Bell~帰郷~」を。シャンペンだけじゃなく、アルコールは飲みませんでした(笑)。じゃ、おやすみなさい。