FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」、7月の特集、内田裕也さんの四週目。ゲストはDJ、文筆業、プロデユーサー、荏開津広さん。僕より一回り以上若い世代です。お名前は前から拝見していて気になっていた人。初対面初ゲストでした。
何で彼に来ていただいたかというと、裕也さんがなくなった時の追想・追悼文がたくさん出る中で、彼がウエブサイトで書いていたものが印象的だったんです。彼は元々DJですから、専門はヒップホップ。大学でもストリートカルチャーを講義してるようです。
そういう人が裕也さんをちゃんと評価していた。ヒップホップも登場してきた時はカウンターカルチャーだったわけで、そういう流れの中で裕也さんを捉えていたんです。それだけじゃなくて、はっぴいえんどとの関係もきちんと書いてました。
どういうことかと言うと、70年代に関心のある方はご存じだと思うのですが、「英語日本語論争」という議論がありました。裕也さんとはっぴいえんどとの論争、と言われてます。つまり、裕也さんは「ロックはインタナショナルなものだから英語でやるべき」という立場ですね。
それに対してはっぴいえんどは「日本でやるのだから日本語」という立場。それが「元祖・日本語のロック」と呼ばれている所以です。そういう流れの中でいつの間にか、はっぴいえんどが正義の味方で裕也さんは悪役、みたいなイメージが出来上がってしまった。
そうじゃない、ということを彼は書いてたんですね。それは、議論の発端になった雑誌「新宿プレイマップ」の座談会でも裕也さんは、日本語のロックを否定してない、むしろ最後は「頑張れ」と激励している、というところまで押さえてました。
あの座談会をまとめたのは僕なんですが、そこまでちゃんと触れている人はほとんどいなかった気がするんですね。それもあって話してみたいなあ、と思った人でした。デイレクターがお付き合いがあるとうんで、是非、ということになりました。
面白かったんです。ネット時代の特徴でしょうね、僕らが見落としていたり忘れていたことに光をあててくれた感じでした。僕らにとっては「売れなかった曲」でも彼らにとっては「新鮮な音楽」になったりする。こうやって繋がっていくんだなという実感がありました。
裕也さんとはっぴいえんど、確かに方法論は違うわけですが、根っこには「日本」と「日本語」がある。違うのは裕也さんにとっての「日本」が能楽や歌舞伎などの伝統的な日本で、はっぴいえんどはもっと屈折していたということでしょう。
特に松本隆さんの中の「日本」は、そういう「伝統」ではなく、もっと架空のものだった。それが「風街」なわけですが。というような話が、一見畑違いの50代のヒップホップ関係者と話が出来るというのが良い時間だったわけです。
でも、若干、評論家的会話に走りすぎてるかなという気もしたんですが、そういう番組があってもいいじゃないか、ということで。オンエアは22日です。彼は面白い曲を選んでましたね。YOKO ONOの「女性上位バンザイ」を。
裕也さんとYOKOさんがそれぞれ戦ったもの。偏見や差別。そして、旧体制。カウンターカルチャーと言うのはそういう体制に対して”カウンター”となる文化、という意味でした。日本にカウンターカルチャーは根付いたのか、という話も出ました。じゃ、おやすみなさい。