そういう曲があるのではありません。彼女のインタビューの中での台詞ですね。先日、4月17日に出た6枚目のアルバム「DUO」について聞いている中で出ました。思わず「墓ですか」と返す言葉を失いました。
自分の作品を「私の子供みたいなもんです」とか「日記のようなものです」という言葉は聞いたことがありますけど、正面切って「お墓を作りたかった」と言われたのは初めてかもしれません。しかも、彼女24歳です。
「墓碑銘のような」とか比喩として使うことはありますね。でも、そういうのは大体、第三者でしょう。「まるで、のようだ」みたいな使い方。でも、彼女の場合は自分で明確な意図をもって使った。作品のモチーフですからね。
家入レオさんの「DUO」は6枚目。彼女は5歳の時から詞を書くようになり、中学生の時に福岡の音楽塾に入塾、高校の時に親の反対を押し切って上京、2012年に「サブリナ」でデビューしました。
内側に硬い芯のような強さと世間に対して同化出来ないような痛々しさが感じられる10代。尾崎豊さんが好き、というのが素直に納得できるタイプのシンガーソングライターという印象でした。詞は彼女で、曲は塾長の西尾芳文さんと共作という形が多かったですね。
でも、前々作の「WE」から色んな作家と組むようになった。「DUO」はそういう流れの三作目。僕は「脱皮三部作」と呼んでます。「お墓」発言が出たのは、アルバムの最後の曲「サザンカ」について話している時ですね。
彼女のお母様について歌ってるんです。「まだ紅いサザンカが千切られて落ちてた かわいそうと泣く母の背中眺めてた」という歌詞があります。彼女は子供の頃、両親と折り合いがよくなかった、というような話もしてます。
その頃の「死んでいる自分を歌にしないと先に進めない」と思った、という話もありました。母親から受けたもの、共感も含めて歌にした。それが「お墓」という言葉になって出た、ということですね。
そういう自分の”負”の部分は語らない人が多いし、語っても事務所がカットしてください、と言ってくる例が多い中で、悪びれず、むしろきっぱりと口にすることに驚かされました。いい意味で、ですよ。
シンガーソングライターというのは自分の身を削って歌を書く人です。彼女は自分で書いてる曲はもちろん、人に依頼した曲でも、そんな風に自分を投影している、という確認もありました。いずれにせよ、最近聞いたインタビューの言葉の中ではかなりインパクトがありました。
そう、「人間臭さに共感は宿る」というのもありましたね・「自我を消した時に自我が浮き彫りになる」とかね。インタビューの言葉の鮮烈さ、という意味では今の若い女性の中では際立っているでしょう。
NACK5「J-POP TALKIN’」。4月27日、5月4日分です。というわけで、曲はその「サザンカ」。お墓、です。じゃ、おやすみなさい。